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僕のリンゴ

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開けっ放しの窓から、夕方の涼しい風とセミの鳴き声が入ってくる。
小学生の兄弟は、薄暗くなった部屋で一つにかたまって宿題をしている最中だった。
 小さな机の上には「さんすうドリル小学一年」と「漢字ドリル小学四年」が広げられ、その周りには大量のケシカスが散乱し、真っ白な皿に乗せられた真っ赤なリンゴは、夕日に照らされてつやつやと光っていた。リンゴのそばには「おばあちゃんからのおくりものです。ふたりでなかよくたべてください」と母親の文字で書かれたメモが添えられていた。
弟のショウタは宿題よりもリンゴが気になってうずうずしていた。早く食べたくてたまらない。指でリンゴをつついては兄のカズトに睨まれていた。
「ねえ宿題やめてリンゴ食べようよ」
ショウタが机に突っ伏しながら言った。カズトは「ダメ」とだけ答え、宿題を進めている。
 「あーつーいーりーんーごー」
フローリングの床に転がって駄々をこねるショウタに、カズトの堪忍袋の緒はとうとう切れてしまった。
「うるさい!宿題やれよ!」
「にーちゃんの方がうるさいじゃん」
暑さと空腹でいらついていたショウタは、怒鳴る兄に向かって挑発するような言葉をかけた。
「お前向こう行けよ!俺宿題やってるの!お前うるさい!集中できないだろ!」
カズトは持っていた鉛筆を力いっぱい机に叩きつけ勢いよく立ち上がり、ショウタの手首を掴むと隣の子供部屋へと引きずった。
暴れるショウタを無理やり部屋に入れ、扉を閉めた。
カズトは再び机につき、宿題を再開した。

 どれくらい経っただろうか。カズトははっと顔を上げた。どうやら眠ってしまっていたらしい。宿題は半分ほど終わっていた。
「ショウター」
子供部屋の扉をそっと開ける。
ショウタは寝転がってゲームをしていた。
「さっきはごめん。リンゴ、食べよう」
ショウタの顔がぱっと明るくなり、ゲームを放り出して部屋から出てきた。
が、リンゴを見た瞬間その表情は一転し、鬼の様な形相でカズトを睨みつけた。
「おい卑怯だぞ!」
「なんの話だよ」
カズトもリンゴを見て驚いた。
リンゴは一口かじられていた。
「俺じゃねえよ!」
「じゃあ誰だよ!」
「知らねえよ!お前が食ったんだろ!」
眠っていたカズトには全く身に覚えがなかった。
それはショウタも同じようで、ずっと部屋でゲームをしていたという。
「本当に俺じゃないよ」
カズトは自分がずっと眠っていたことをショウタに訴えた。その真剣な表情に、ショウタもその言葉を信じてくれたようだ。カズトも、ショウタが嘘をついているとは思えなかった。
「じゃあ誰が食ったんだ……」
カズトが呟くと、ショウタは「お化け…?お化けじゃないよね?」と涙目になっていた。
「誰かが……俺たち以外に誰かがいるのか……?」
カズトはいたって冷静に考えているが、ショウタは今にも泣きそうだ。
「誰かいるの……?」
震える声でショウタは呟いた。その言葉は、カズトに向けられているようでも、いるか解らない第三者に向けられているようでもあった。
カズトは暫く悩んだ挙句、子供部屋から金属バッドを持ってきた。
「ちょっと家ん中見てくる。ショウタはここにいろよ」
ショウタはうんうん、と頷きその場に座った。一人で置いておかれるのも怖かったが、兄と一緒に家の中を回る勇気もなかった。夏だというのに背筋は凍るように冷たい。
兄の足音と金属バッドを引きずる音が聞こえる。部屋はすっかり暗くなっていたが、明かりをつけに立つのは気が引けた。
暗い部屋で一人で過ごす時間は長く感じられた。まして、どこかに何か自分たち以外の存在が潜んでいる可能性があるのだ。

「ぎゃああああああああ」
恐怖で涙が溢れそうになった頃、奥の部屋から兄の悲鳴が響いた。
ショウタはパニックになった。
カズトの悲鳴とショウタの泣き叫ぶ声が家中に響く。
どたどたと走る音が聞こえた。ショウタは死を覚悟し、身を縮こまらせた。
「ショウタ!」
聞こえてきたのは兄の声だった。何者かの足音だと思ったが、カズトのものだったらしい。
「や、やばい。死んでる……!」
カズトは蒼白な顔で立ち尽くしていた。
「兄ちゃん……死んでるの……」
 「違う!俺じゃないよ」
「でも顔が青いよ」
「とにかく来てくれ!」
強制的に奥の部屋へと連れて行かれる。そこは母親の部屋だった。
扉が開きっ放しの出入り口からは、部屋の中が見えた。そしてその異常な光景は、そこからでも十分すぎるくらいにわかった。
部屋の奥の壁に設けられたクローゼットが開いている。その前に、一人の男が倒れていた。
「あれ、死んでるんだ……」
カズトがゆっくりと男に近づいていく。男はぴくりとも動かなかった。
「ほんとに……死んでるの?」
ショウタも恐る恐る近づく。尚も男は微動だにしなかった。
「まだ温かいけど、心臓の音がしない」
カズトは男の胸に耳を当て、ほら、とショウタを促した。ショウタも耳を当てたが、確かに本来聞こえるはずの鼓動は聞こえなかった。
「どうするの」
不安そうな声を漏らすショウタに、あくまでも平静を装ってカズトは答えた。
「とりあえず母さんに連絡しよう」
兄弟は一旦リビングへと戻った。家の電話はこの部屋にしか置いていない。
素早く母親の電話番号を呼び出し、かける。数秒の呼び出し音の後に聞きなれた母親の声がした。
「もしもし?どうしたの?」
その声を聞いて安心したのか、カズトは泣き出した。弟を不安にしてはいけないと強がっていたものの、本当は怖かったのだ。
「カズト?泣いてるの?どうしたのよ。喧嘩でもしたの?」
隣ではショウタも泣いていた。
「あ、あのね、知らない人が死んでる」
震える声を必死に絞り出したが、カズトの訴えは母親には届かないようだった。
「何言ってるのよ。悪い夢でもみたの?また昼寝してたんじゃないでしょうね。宿題はやったの?」
「本当なんだってば……」
カズトは泣き崩れた。もうこれ以上、どうしていいのか解らないようだった。
「にーちゃん、電話、貸して」
ショウタは嗚咽混じりに言うと手を差し出した。カズトも素直に電話を替わった。
「もし、もし……かーさん?」
「あら、ショウタも泣いてるの?どうしたのよ二人して」
「ほんとにね……死んでるんだよ。変な、男の人が……」
電話の向こうで息を飲んだのが解った。異常性に気づいたらしい母親は、「待ってて。今すぐ戻るから」と早口で言うと、電話を繋げたままごそごそと動き始めた。家に帰る支度をしているらしい。
兄弟は泣きながら抱き合った。怖かった。あの男が起きてくるのではないか。自分たちは殺されてしまうのではないか。恐怖で涙が止まらなかった。
家から職場まではそれほど遠くはない。車でとばせば15分ほどで着く距離だ。
繋ぎっ放しの電話から車の走る音が聞こえる。
作品名:僕のリンゴ 作家名:冷泉