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八尋 慶一
八尋 慶一
novelistID. 46050
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ビル、そしてメメント・モリ

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 それでも、あなたたちは二人で身体を寄せ合うようにして生きていました。私は、どれだけ強くなっても、二人が私に近づいてこないことがとても腹が立ちました。それでも、もっと強くなろうとしたのです。でも、それは強くなったんじゃなくって、単純に鈍感になっていただけのような気がします。とにかく、あなたも、伽子も、私から離れていったのです。孤島に置き去りにするように。私なんて、まるで必要のない子どものおもちゃのように。私は、あなたが伽子とであったときから、体よく捨てられたのです。私は、結局、あなたが強くなるための、道具に、すぎなかった、の、かも、し、れません、あたしは、それが、ただ、ただ、くやしくって、がまんができなかったのです、あなたが、伽子を失ったときの顔を、今でもよく覚えています、よく覚えています、それで、あたしなんて、結局は伽子にくらべたらなにひとつ、なにひとつ、そんな自


 僕は次の紙をめくろうとして、それが最後の一枚であることを知った。強く紙を握りしめていたせいで、紙の下のほうがぐしゃぐしゃになっていた。僕は紙の間に読んでいなかった紙がないかを探し、そして封筒を逆さにしてがさがさふってみたが、それ以上なにも入っていなかった。拝啓に対する敬具もなかった。それでおしまいだったのだ。真由美の手紙は。
 僕はコーヒーの入ったマグカップとコーヒーメーカーを持っていって、流しにそれを全部捨てた。それから冷蔵庫の水をごくごくと飲んだ。僕はいったい、どこへいけばいいのだ?
 強くなろうとして、鈍感になっていったのは僕のほうかもしれない、と僕は強く思った。だが、いまさらそんなことに気付いたところでどうにもならなかった。僕はじきに喉が渇き、冷蔵庫の水をごくごくと飲んだ。それからソファーに倒れこみ、じきに意識を失った。

     ※

 僕がふたたびビルに行くと、少女はいつもどおりそこにいた。
「なにしてたの、今日まで?」と少女は僕に向かって言った。少女は相変わらず黒い服を着ていた。それ以外の服を持っていないのかもしれない。あるいは、それしか着ることができないのかもしれない。
「いろいろあったんだ」と僕は言った。「本当にいろいろ」
「その処理に、二週間もかかったわけ?」と少女は言った。その口調で、僕は本当にこの二週間、少女はここで僕を待っていてくれていたのだろうか、と思った。
「かかったよ。本当に」
「それで、なにが起こったわけ? 就職でも決まったの?」
「真由美が死んだんだ」
 少女は顔色ひとつ変えなかった。当然じゃない、と言っているように僕には感じられた。少女はしばらく黙っていたが、その目は雄弁にあるひとつの言葉を語っていた。あなたが殺したのよ、あなたが殺したのよ、あなたが殺したのよ、あなたが殺したのよ、……
 僕はうつむいてベンチに座った。ビルはいつものようにそこにあった。僕の心にはもう傷さえもなかった。ビルは僕の心にはなにひとつ映らなかった。ただ単に、人工的な線の集合を、僕の前に展開しているだけだった。
「それで、どうするの、あなたは?」と少女は訊いた。わからない、と僕は言った。本当にわからなかったのだ。
「言っておくけど、すべてはあなたがやったことなのよ。誰も悪くないわ」
「そうかもしれない」
 少女は僕の隣に座った。そして、僕の手にその手を重ねる。
「でも、きっと大丈夫。あたしならあなたを救えるわ」
「できるわけがない」
 少女は僕の前にしゃがみこんだ。
「そんなことないわ。やり方があるのよ、救いを求める、やり方がね。たぶん、そんなこと、あなたは想像もできなかったんじゃないかしら。世の中はつらいことばかりで、いいことなんてなにひとつ起こらない。そんなことが本当にあると思う? やり方があるのよ。それも、ごく一部の人が、そのやり方を知っている。興味ない? あるでしょ? なんで世の中がこんなふうにできているのか。なぜ世界はこんな苦しみに満ちているのか。それは、ごく一部の人が幸せを奪っているからよ。あなたの幸せも、すべて、その一部の人が奪っていったのよ」
 僕はそうかもしれない、と言った。少女はかがんで、僕の耳元で囁いた。連れていってあげる、と。
「連れていってあげる。あなた、とてもいい人だもの。あたし、わかるわ。本当よ。あなたは向こうがわに行く資格がある。いや、向こうがわに行くべきなのよ。そんなに繊細で、やさしい心を持った人なら平気よ。大丈夫。心配しないで。あなたなら、向こう側にいく資格があるわ」
 いや、それはできない、と僕は言った。僕には、なにひとつ奪う資格なんてない。
「なぜ? あなたはこんなにまでも搾取されているのに? いい、資格があるのよ、あなたには。黙って、あたしについてくればいいのよ」
 僕はなにも言うことができなかった。少女は僕の手を引っ張った。
「きっと、伽子さんにも会えるわ」
 僕は薄く笑い、立ち上がった。少女の手は冷たかったが、僕は少女の手を離さなかった。少女は、ビルと反対方向に向かって歩いていった。僕はただそれに、ついていった。
 ビルは僕から少しずつ離れていき、そして、消えていった。


(終)