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アッシュ ラリッサ
アッシュ ラリッサ
novelistID. 46007
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流れ星のタンゴ《Part.1》

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         も喋れなくなっちゃうの。でも藤原さんのおかげでほっとした
         わ。熱いお茶を一杯飲んで、これでちょっと日本語でお話し
         できる。ありがとう!

藤原       なんのお安いご用ですよ。今は君の言ってることずっとよく
         わかるよ。さっきは、てっきり、りんごの他に、スイカと
         赤大根も欲しいのかと思っちゃった。

フランソワーズ  赤大根じゃなくって、入口にライオン(藤原を笑わせようと
         ライオンみたいに吼える)がいて大きなベランダがある
         マンションを探してたの!

藤原       (フランソワーズを笑わせようと彼女のまねをする)
         いらいらしてる…こわい…

フランソワーズ  それに、私って頭の中には霧がかかっていて。
         あなたは几帳面できちんとした人なんでしょう?

藤原       (ちょっと考えて)いや、几帳面じゃない。頭に霧がかかること
         もあるし、隙間風が吹くことだってありますよ。そうだ、僕も
         いつだったか傘を失くしたよ。失くしたっていうより、銀行に
         入るときに傘立てに入れておいたんだけど、出る時自分のを
         とったつもりが、銀座で傘を開いてみたら、派手なバラの模様
         のついた女物だったなんてこともあったよ。

 その時、一人のきちんとした身なりの公務員が公園を横切る。
 雨は降っていないが、彼は派手なバラの模様の女性ものの傘をさしている。
 ベンチに座っていた二人の小学生が顔を見合わせて笑う。

藤原       丁度、前妻のエミとの離婚訴訟が始まったころだったな。

フランソワーズ  多分あなたの「頭の中に霧がかかった」のは、その時
         一度きりなんじゃないんですか?私はいつも、毎日、毎時間
         霧の中に暮らしているみたいなのよ。両手でその濃い霧を
         かき分けて人生を歩んでいる感じなんです。

 フランソワーズは泳いでいるかのように両手を動かす。藤原は不意に空を
 指差す。

藤原       ほら!見えますか?

 フランソワーズはけがらわしそうに叫んで藤原の服の袖をつかむ。

フランソワーズ  何?コウモリ?

藤原       そ・ら。

 フランソワーズは藤原の袖を放し、ほっとしたように溜息をつく。

フランソワーズ  ふぅ…私、コウモリが怖いんですよ!
         いつだったかパリでこんな大きいのが家の窓に
         飛び込んできて、嫌らしい鳴き声を上げて
         床にぶつかったことがあって。

藤原       (つかまれたスーツの袖を直し) ほ・し。

フランソワーズ  (肩をすくめて)空も星もわかるけど…それで?

藤原       空には、よく霧がかかることがありますよね?

フランソワーズ  そうね、でも…

藤原       星たちはあなたと同じように、光を放って分厚い霧を
         押しのけながら宇宙で生きているんじゃないでしょうか。

 藤原は、フランソワーズと同じように水の中で泳いでいるかのように手を
 動かす。

フランソワーズ  そうかしら?空なんてよく見たこともないけど。

藤原       何が言いたいかって言うと、つまり、君は…

フランソワーズ  I am beautiful ?【私がきれいだって…?】

藤原       いや、そうじゃなくて!あ、失敬、もちろんその通り
         だけど…でも言いたいのは…光!君は輝いてるよ!
         ふぅ…あのね…この光できっといつか君の霧が
         晴れると思うよ、えっとね…
         目の前に明るい道が開けるんじゃないかな。
         (首を横に向けて)うーん、女の人にこんなこと言うのって
         難しいな。

 フランソワーズは互いの目の位置が正面になるように、顔を藤原に近づる。

フランソワーズ  不思議…でも今突然、私の霧が晴れたわ。
         信じられますか?

藤原       (再び空を指差す)あそこで瞬く星たちがフラメンコを
         踊っているのが見えますか?

フランソワーズ  フラメンコ???

 フランソワーズの声があまりに大きかったので、
 静かに話をしながらそばを通り過ぎた女性二人が驚いて飛び上がる。

フランソワーズ  (さらに大きな声で)どうしてフラメンコなの???

 フランソワーズがさらに大きな声を出したので、女性たちは足を速め、
 前を歩いていた役人は不自然に咳き込む。

フランソワーズ  空なんて、雨が降るかどうかなって思ってしか眺めないわ。
         パリではみんな地面を見ながら歩くのよ。
         歩道には犬の落し物があるから、パリの歩道は汚いの。

 フランソワーズのカバンが肩から滑り歩道に落ちる。

フランソワーズ  (鞄を拾わず勝ち誇ったように鞄を指し示す)ほら、
         さっき言ったとおりでしょ、手が言うこと聞かないの。

藤原       (鞄を拾い上げ)せっかくのかっこいい鞄が汚れちゃうよ!
         いくら東京の歩道じゃ、犬の落し物がないったってさ。

フランソワーズ  あぁ、ありがとう!聞いて、あなたは、
         星空のフラメンコの話をしたでしょ。
         そうね、私ならむしろタンゴって言うわ!

藤原      (可也大きな声で)タンゴ???なんでまたタンゴなの?

  藤原は誰かに大声を聞かれなかったか周りを見渡す。

フランソワーズ  だって、私はタンゴが好きなの。
         それにフラメンコは、男と別れるのが怖い女が
         激しく一人で踊るでしょう?でもね、
         アルゼンチンタンゴは愛し合う二人が体をぴったりと
         寄せあうことで悩ましく踊るのよ。

 フランソワーズは年を重ねた欅の木に近づき抱きしめ、
 老いた木の幹に頬ずりし、自分の恋人であるかのように樹皮を撫でる。
 野菜と果物の店の主人がりんごの箱を持ったまま、口をあんぐりあけて
 フランソワーズを見つめる。

店の主人     (店の中にいた奥さんにむかって)おい、
         ちょっと出てきてみろよ、ああららら…

フランソワーズ  (欅を撫で続けながら)Oh-là-là ! 私はね、
         フラメンコダンサーは男に優越感を持ってると思うのよ。
         だけどタンゴでは丁度宇宙みたいに、
         二人の踊り手の完全な調和が支配しているの。

 突然、美しい外国人の男性が欅の後ろから現れる。フランソワーズは驚いて
 叫ぶ。その男は力づくでフランソワーズを彼の方へ引き寄せる。
 彼らは激しくタンゴを踊る。