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遺伝子組み換え少年

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 荷台の内は、白い蛍光灯の灯りに満ちていた。荷台の天井に埋め込まれているライトから、端まで一面に照らされている内部の中心には、キャスター式の固いベッドが置いてあり、多様な機械や収納箪笥が囲むように並べられ、死体から手前の機械は背が向いていて、傍から見ればコントセットのような秩序があった。大人一人収められるカプセル型の機械が縦置きされていて、通信機能の付いたモニターがあり、エコーを撮る機械があり、使途の不明な機械も置かれている。猫毛の子供が、固いベッドの奥側に腰掛け、痩躯を捻らせて死体の服を刻んでいる三人の方向を眺めている。瞳には感情は映っていない。中学生くらいに見える子供は、ただその光景を眺めている。子供の左後方には若い女が薄い笑みを浮かべて立ち、右後方には、点滴を模した四本足のスタンドが立っている。土嚢の大きさの袋が八つのS字金具で太い鉄腕に吊り下げられていて、そこから伸びる管も鉄腕に巻かれている。鉄腕を軋ませる土嚢の中で、溝底の色が鉛のように重く揺らめいていた。二人も白衣を着ている。ベッドに預けた腰を子供が浮かせると、衣服を剥ぎ終えた三人は乗車しながら汚い屍肉の塊となった死体を放って、荷台の羽根が一気に閉じられた。
 トラックの車輪は死体が内部に放られた時点で動き出していた。
 完全に分割された作業だった。
 電車が駅を離れ、トラックも離れ、熱のない通路に戻る。
 常緑樹の影から、男児がとてとてと現れて、コンクリートのひび割れに残った衣服をつまみ上げた。
 小鬼に似た男児はその衣服を掲げると赤い空を見た。小鬼はその口を衣服に付け、にっこりと笑うと、吸い込んだ。立ち上がった衣服を吸い込みながらしゃくしゃくと歯が鳴って、すべてを腹の中へ納めると周囲をきょろきょろと見回してから、姿を消した。

 トラックが走り出して、荷台の羽根が閉じ切られると、強烈な人の腹の臭いが充満する。機械と箪笥の上に置かれていた包帯をベッドに置き直しながら、三人は眉も動かさず、死体を再度掴んだ。
 一人は、反対を向いている頭を、両手で掴んで元の角度まで捻り戻した。一人は右腕の皮膚を突き破っている尺骨を、素手の指で引き伸ばした肉の内に埋め直し、一人は足を担当している。死体には脛毛腕毛が、一部擦れて切れながらも生えている。濃い毛の生えた歪な脛は、自身の膝を梃子にして逆側に一気に折り曲げ、調節して、足の形に戻す。右側の潰れた睾丸はそのままに、海老反りで固定されている背骨を、臍から折り直した。人の身体の鳴らしたことのない音が鳴る。肉は傷んでも細胞が繋がり脂で貼り付き飛ばないが、削れた骨も、血も飛ぶ。肉の内に隠そうとしても骨は棘のように隆起して、屍肉は弛み肌は血の気無く変色し、肌の四割以上は落下の衝撃で剥がれていた。部位の方向を戻したところから包帯が巻かれた。傷の形に合わせて固く巻かれて、九割九分が包帯の下に隠れ、直近の色に染まる。
 車内には無音を遮るための音楽が流れている。午後十時台のラジオで流れていそうなアイドルの曲だった。
「どいて」
 包帯が巻き終えられると、変声期を迎えていない弾んだ声で、猫毛の子供が言った。
 子供は、四本足のスタンドに細い指を絡ませてもたれ掛るように立っている。車の微細な揺れは、重い土嚢を揺さぶり、スタンドをさらに軋ませて、華奢な身体も揺らしている。命令に従うというより、自ら望んで三人はそれぞれ固いベッドから遠ざかると、周囲の機械に触れないように直立した。荷台には運転席と自由に行き来できる扉などなく、腰を掛ける椅子もない。それまでの歯車を噛み合わせるような動きが嘘のように、三人は所在なさげに立っていた。そして子供は、悠然と死体に近寄ると、包帯に囲まれた唇に口付けをする。子供が下唇を歯で噛むと、死体の唇の裂け目が分かり易くなる。三人はまた、それが目に映らないように立っている。長い口付けだった。
 ベッドに突いている手に、若い女が針を握らせる。針から、透明な管が伸びて、蛍光灯の灯りも通さない、溝底の色をした土嚢に繋がっている。管はスタンドの鉄腕に巻かれていたもので、点滴を模しているが、滴を落とす調節部分がない。
 口の間を赤い橋が架かって、顔を上げた子供は頭を二本指で?きながら笑い、その指に挟んだ針を死体の白布の右腕に刺した。
 溝底は空気を押し込んで管を泥のように下ると、死体に届いた瞬間、急激に速度を上げた。
 反動で死体の右腕が跳ね上がって、それが床に戻るまでに、溝底は左足の先まで行き渡っていた。固い包帯を挟んでいても、形が分かり、形で分かる。極細の風船に窒素ガスを注入するが如く、皮膚が繋がっていない箇所にも、急激に、溝底は血管として形を浮き上がらせていった。死体にはそれが芯となったらしく、死肉の身体は棒となって、包帯の巻かれた人体模型が倒れているようでもあった。葉脈に似た毛細血管が、包帯の合間を覆うように覗いている。四本足のスタンドに掛けられた土嚢には溝底が浅く残っていて、それで満ちていたときにはなかった、パチンコ玉大の穴が開いていた。
 子供は手早く小箱を白衣の懐から取り出し、緑のクッションの上の粉を固めた玉を、中指の腹と人差し指の爪で抓んだ。
「なれよ、怪物」
 子供は土嚢の空洞に玉を押し入れながら言った。玉が溝底で解けて、混ざらず、紐のようになって、溝底の残りと共に管を流れ落ちてゆく。
 三十秒経った。死体がふやける。
 四十秒経った。発熱した死体が蒸気を噴きながら膨れ、包帯が破られ、抜けた体毛が床から落ちる。
 五十秒経った。人の身体の色をした膨れが最大になり、天井に着こうかという高さになった。
 一分四十秒が経った。死体が毎秒ミリ単位で縮み始める。
 二分が経った。
 四分が経った。熱を持ち続けている。死体が半分ほどの大きさになった。
 六分が経った。等分に贅肉の付いた人型にまで縮む。
 六分五十秒が経った。
 七分が経った。無毛の人型から、体毛が伸びてゆくたびに、少年が作られていく。
 七分二十秒が経った。その間、車は走り続けていた。そして一句も荷台の中で声が漏れることはなかった。
 七分二十秒の後に、移動式の固いベッドの上には、ボロとなった包帯を下敷きに、蓬髪の少年が裸で丸まっていた。うねった艶のない黒い髪が散らかっている。灯りを通さない、厳重に蓋をされた黒さだ。星のない、新月の都会の夜の、地上に縁取りをされた黒さ。日焼けしていない痩せ型の身体は、体毛は男らしく生えて、足だけは人並みに太かった。標準の大きさの鼻に、標準の口に耳、顎が細く頬は少しこけている。目を瞑っていても、目が大きく、瞳が黒いだろうということが分かる。その全体に上品さがあれば、端正と呼ばれる顔立ちだった。人並みの足に生えた濃い脛毛のような、洗い落とせない不純さのある、中背の、道端で簡単にすれ違えそうな少年だった。
 喜びも新鮮な驚きもない荷台の中で、子供が、大きく息を吐いた。時間が止まっていたかのように、その息で空間は解れ、立っていただけの男達は各々トラック後部の機械の前に、気に入りの椅子に座る速度で動き出す。BGMのアイドルが、似た違う曲を歌っている。
「ヒトツバシさん」
 若い女が言った。
「完璧かな」
作品名:遺伝子組み換え少年 作家名:樋口幼