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遺伝子組み換え少年

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「......んー、いや、んー、そう。言葉にされると恥ずかしいからやめてえや。なんやねん気持ちが、ってホンマに。でも、ありがたいとは思ってるのは思ってるのかもしれんけど。何者でもないからね、これは」
「気持ちが」
 意地の悪い間で言った。
「被せんなって。別に思い出も、出来事も、あった事なんやけ、完了したことやけ、ええんよ。ここはただの道であるだけでね、思い出の場所なんかにする必要ないじゃないですか。涙流しに人の死ぬ映画観に行く人みたいで、滑稽は滑稽で価値あるかもしれんけどさ。......って、言葉にしてもうた恥ずかしいっ!」
 顔を両手で押さえて、そっぽを向く。祐丹は大阪人らしくコミカルに、時折別の地方の方言が混ざりながら、抑揚を付け早口で話した。
「ま、あんまり好きじゃないんスよね。人から貰ったもの使うのって。貧乏性やから」
 赤い散歩道を抜けると道路に抜け、右に行けば小さな坂を下ることになり、四車線分の通りが見える。突き当たったところは中学校の外壁であり、散歩道を歩いているうちから校舎が見えていた。
「いい思い出ないな」
「そんな事もないでしょう」
 千田は訳知ったようないつもの笑みで言った。
 持ちネタにしている話で返そうかとも思ったが、それも何かこっ恥ずかしくて、歩みを速める。あまり通った覚えのない通りも、いやに懐かしく、常緑樹や横断歩道や市中銀行が偉く肉感的に艶やかと見えた。
 千田は黒の女物のスーツにタイトスカートを穿いて、根元をゴムで縛った後ろ髪を鼈甲のバレッタで鷲掴みにして上げたまま留めている。うなじが見える。自分の前を歩いていると遠慮なく下品に眺めてしまいそうで、どうせ勘付かれるから、自分の歩みより遅い限りは前を歩かせたくはなかった。男の癖に遅く歩いて女の尻や背を見るなどと情けない行動はするつもりはないし、祐丹は疲れもなしにゆっくりと歩くことが大の苦手であった。本音では、ローラーの付いた靴でも履いて貰って前を進んで欲しいのであるけれど、黒のストッキングは踵の高い革靴に収まっている。
 二重の数珠が歩くたびに手首で鳴っている。
 既に通りを横断していたが、祐丹は何も言わない。通りを横断してからの行き道は、誰でも分かった。案内板が立っている上に、そこへ向かう人の流れに乗れば、子供でも行きついてしまう。
 葬式である。
 自らの葬式である。
 大阪は雲一つない青天であった。
 飾られる菊の白みも透明感を増して、鯨幕さえ白んで見えた。豪勢な門。四階建てらしい古い宗教の新しい建物は、門に最も金を掛けられているらしい。幾ら掛かったかと考える。長い焼香の列の減るのを待つ制服達と、神妙に記帳台に名前を書く喪服達。咥内で舌を噛むと、痛みが緊張を解す。短髪も陽光を通すと艶よく輝いていた。
 祐丹は顔に爽やかで印象に残らない男の皮を被っている。着ている何処の制服と分からない詰襟と同じく、変装用の顔の皮が多種、一つの部屋に用意されていた。
「やっとるやっとる」
「既に、焼香は始まっているみたいですね」
 いつの間にか追いついていた千田が言った。
「見てみたかったんよね。こういうの。見たい見たいって思ってた。だって俺、素直に生きてたし、好かれるタイプやったから」
 こういうの、と濁して言った。
 葬式を観に行こうという誘いに、祐丹は即座に「いいよ」と答えた。自分の葬式を見たいという思いは言葉の通りで、千田に、というよりは、自分を監視していた小千科学にその望みを言い当てられたわけであったが、その事に臍を曲げて渋るという無駄は通過したくなく、なるたけ素早く返答したかった。
「人気者だったんだよ」
 言って、
「あいつら、気付いてないな」
 祐丹は記帳台まで弾むように歩くと千田に振り向き、口から出した舌を抓んで下に引っ張った。
作品名:遺伝子組み換え少年 作家名:樋口幼