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選択の円卓

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 人生は選択でできている。頬杖をついて私は考える。
 選択。選択。選択。今までの人生はその繰り返しだった。生まれる国とか場所とか家族は選べないけど、生まれてからしばらく経てば結構自由に選べるようになった。誰と友達になるか、何をして遊ぶか、何を学び身につけるか。何を食べて何を着て何時に眠って何時に起きるのか。日常の中の選択。成長とともに責任が増してくる。学校選び、部活、習い事、文理選択、大学受験、予備校選び、などなど。そしてこの先には就職や結婚といった、もっと重大な選択が待ち受けている。
 それはなんて恐ろしいことだろう。
「なんでそこで恐ろしいって感想に進むかな」
 先生は苦笑いで、コーヒーカップに口をつける。
「今出てきた選択って言葉を、『可能性』に置き換えてみなよ」
 言われた私は頭の中でジグソーパズルを嵌め直す。ああ、なんだか、希望に満ちた景色が広がっている。
「ほら」
 したり顔で目の前の男はブラックコーヒーをかき混ぜる。コーヒーに何も入れずに飲むという文化が私には未だに理解できない。それをスプーンでかき回す彼の癖は見慣れてしまったけれど。
「前向きに考えなきゃ駄目だよ。君、まだ十九歳でしょう?」
 彼の笑みから視線を逸らした。先生の言葉が作った希望的な風景は、私の実感とはちっとも合致しないのだ。
 私が選んだ結果が私の人生を生活を日常を形作っている。それならば、責任は全部私にある。幸福を償うのも不幸を精算するのも全部、私一人だ。
 可能性。その言葉の向こうには無限が広がっているように見えた。
 そこに飛び込んだら、誰が責任をとってくれるのだろう。


 先生が立ち上がったら私は従うしかなくて、「じゃあ」と手を振られたら振り返すしかない。何の躊躇いもない男の背中を見送って、デートでもなんでもない逢瀬は幕を閉じる。
 回想。高校生だった頃、飄々とした彼の態度に私は魅入られた。周囲には隠していたその事実を本人に看破された。そこから何かが始まった。コーヒーを奢られたり映画に連れて行かれたりテストの採点を手伝わされたり。名付けようのない関係が現在まで約一年間。一年か。何をやってるんだろうなぁ一年間も。既婚者だから、不倫なのに。自分の(決して清くも正しくもない)立場は理解しているけれど、そこに伴う感情はいつからか行方不明だ。
 おそらく私は選択を誤ったのだろう。先生だって別に私のことそれほど好きじゃなさそうだし。
 間違った先の人生って何なんだ。どうしてゲームオーバーでリセットにならないのだ。


 午後六時半。家に帰ったら膨れっ面の末の妹に出迎えられた。
「またアイツに会ってきたの?」
「うん」
「アキちゃんの馬鹿、不潔!」
「別にホテルとか行ってきたわけじゃないし」
「わーん、マキちゃんもなんか言ってやってよー」
 ミキはキッチンに駆け込んで、重そうな本を読んでいるマキに抱きついた。
「ミキ、図書館で借りてる本だからつぶさないで」
 次女のマキはいつも通り表情も変えずにミキをなだめる。感情をストレートに表現するミキと違って、マキの考えていることはよくわからない。私は冷蔵庫を開けて麦茶を取りだした。
「マキー、お母さんは?」
「今日飲み会だから遅くなるって」
「ふうん」
「アキ姉」
 冷たいというよりは温度がないマキの声音。いつもなんとなく逆らえない。苦い気持ちで振り向くと、恨めしげなふたつの目と感情のないふたつの目が私を見上げていた。
「アキ姉の付き合っている人はもう別の人と結婚している」
「そんなことは知ってるよ」
「そんな恋の何が楽しいの!」
「恋って理屈じゃないのよね」
 おどけて肩をすくめてみせても二人とも笑わない。私だって笑えない。
 コップに注いだ麦茶を一口飲んで、マキとミキに向かい合う形で、テーブルについた。三姉妹。不出来な長女と物静かな次女と素直で明るい三女。同じ素材から出来た似たような顔の別々の人間。不思議だ。同じような環境で育ってきたのにこんなにも違う。それぞれが別々の選択をしてきた結果がここにあると考えるなら、私がミキのように、或いはマキのようになった可能性もあるのだろうか。
 次女が口を開いた。
「アキ姉の選択は間違っている」
 私はどきりとしてすぐに言い返した。
「自分と違うものを間違ってると判断するなんてそれこそ間違ってる」
「でもでも、アキちゃん最近、楽しくなさそうだよ」
 ミキは剣呑な空気に怯んだようで、おずおずと口を挟む。
「嬉しくないことや楽しくないことを選ぶのは、どうして?」
 真っ直ぐに覗きこむミキの視線に晒されて、私は身動きが取れなくなる。
 どうしてかって、そんなこと、私が聞きたいくらいなのに。
「アキ姉はもっと迷っていいし、ちゃんと考えるべきだ」
 マキはゆっくりと語りかける。
「一度した選択に捕われて後悔するんじゃなくて、これからどうするのか、今から選べばいい」
 選択、選択、選択! ついさっき私が思いついたばかりのキーワードが、どうしてこんなにも溢れかえっている?
「……別れろって言いたいの?」
「違う」
 大きく頷こうとしたミキを遮るようにマキが切り返す。
「選ぶのはアキ姉。私じゃない。でも、手伝うことはできる」
「どうやって?」
 マキは極めて真剣な瞳で答えた。
「選択の円卓を招集した」


 次女のマキは昔からオカルト趣味のある女の子であった。彼女らが中学生だった頃、ミキの依頼に応じてマラソン大会の日に雨を降らせたことがあった。そんな馬鹿なと呆れる私とすごいすごいと喜ぶミキとさも当然と言ったふうのマキ。私たち三姉妹の『不思議なこと』に対するスタンスはそんなふうだった。
 暗転した意識が覚醒してゆく。なんなんだろう今度は。暗くて周りが良く見えない。椅子に座っている。それはさっきと変わらないはずだけどどうやらここはさっきのキッチンじゃない。
「マキ? ミキ?」
 説明を求めて私は妹の名前を呼んだ。
「ここにいるのは皆『アキ』だよ」
 返ってきた声はマキのものではなく、だけど聞き覚えのある声だ。段々と暗闇に眼が慣れてきて、テーブルと、それを囲むふたつの人影が見えてきた。円卓、と聞いたような気がする。確かに目の前のテーブルは丸かった。
「明かり点けよっか」
 人影のひとつが動いてテーブルの上に蝋燭が点った。柔らかい光が照らし出す。ふたつとも、どこかで見た顔だと思った。向かって右側の髪の長い女性が笑った。
「まだあの先生と付き合ってるんだって?」
 はあ、と私は相槌を打つ。
「付き合うとかよくわかんないなぁ。むしろその辺教えてほしいくらいなんだけど、今は私が教える側なんだよね」
 左側の女性は首を傾げて言う。
「あの、どちら様で?」
「わかってるでしょ?」
 私の質問は右側から切って捨てられた。しかし、まぁ確かに自分と同じ顔をした人間が並んでいることはわかる。
 続けて、右側の人が自分の胸に手を当てて語る。
「私もあの先生を好きになった。先生にも気に入られて、付き合うことになった。そこまでは同じね。でも私は高校卒業を期にあの人から離れた。今は大学で知り合った別の男の人と真っ当なレンアイをしていますよ」
作品名:選択の円卓 作家名:綵花