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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ10

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  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「これは!ハキム王子、ようこそおいでくださいました。さ、こちらへ」

正殿前のエントランスにズラリと並んだ魔術師たちを一瞥するや、ハキム王子は屋内へと歩を進めた。

「かまわなくていい。イオを呼んで。わたしは星(ナジュム)の間にいる」

王子が歩くたびに、後ろにぞろぞろと魔術師たちが付き従う。その筆頭には、ガーズィーの姿があった。

「は?イオといいますと」

「ガーズィー殿。ほら昨日の、アーレフ博士の所の小娘ですよ」

「あの娘か・・・」

「知っているのか。ならば話は早い、彼女に用がある」

「いや、しかし殿下。私の方も新しい魔術理論をくみ上げました。我が国の屈強な兵士と組み合わせましたら、確実な戦果をあげられましょう。ぜひ殿下に見ていただきたく・・・」

ガーズィーの言葉を受け流し、王子は颯爽と回廊を進み、ナジュムの間へ入る。整えられた室
内、その豪奢な絨毯に腰を下ろし、差し出された酒杯を手に取った。

いまだ熱弁をふるう魔術師に視線を向けると、ハキム王子は口を開いた。

「ガーズィー。わたしは、よい、と言っている」

静かな、穏やかともいえる声。

だが、その言葉には確実に相手を支配させる響きがあった。

「は。失礼いたしました」

凍り付く空気に、痩身の魔術師が進み出てあわてて王子に申し述べた。

「ただいま、伝令を走らせております。しばしお待ち下さい」

「うん」

顔を伏せ、礼を取る魔術師。けれど、その握りしめられた拳は屈辱に震えていた。





珍しく書庫に訪れた使いにせかされ、イオはナジュムの間に駆け込んだ。

「ハキム王子!」

「イオ、こちらへ。久しぶりだね。調子はどう?」

予期せぬ貴人の来訪に目を見開いたイオに、王子はにっこりと微笑みかけ、傍らのクッションを指し示す。

「お久しぶりです、ハキム王子。知恵の館で学ぶことを許していただき、ありがとうございました」

「そう畏まらなくともよい。それで、成果はあったのかな」

「は・・・い」

確かに、国一番の知恵の館、魔術の宝庫で学ぶことで、イオは今まで知らなかった知識を得ることができた。指輪に彫られたエルム語、その意味も解読することができた。

だが、それでも。

指輪を外す方法が見つかったとは言い難い。

「今はまだ。確実な手段はわかっていません。このままでは、この指輪を外すことは・・・難しいかもしれません」

「そうか・・・だが、そう落胆することはない。イオ、今まできみは指輪を外すことに一心になっていたが、考えを変えてみてはどうだろう」

「?」

キョトンと首をかしげる少女に王子は続ける。

「その指輪を、魔神の力を、正しく使うことを考えるべきではないだろうか?」

「力を、正しく使う・・・」

「そうだ。実際に君は、魔神を使って隊商の人々を助けた」

「あ、あれは・・・」

「どんな力にも使い方によって、善にも悪にもなる。君は魔神の力を拒否しているが、正しく使うことができたならば、彼の力も善となる。この国を守る力になる」

「王子・・・」


――――そんな風に考えたことなかった。


ただただ、ジャハールの強大な力を畏れていたから。

「考えてみてほしい。きみには力がある」

「でも、わたし、どうしたらいいかわからないのです」

ジッとイオを見つめてハキム王子は言葉を続ける。

「そうだね。力を正しく使うことは難しい。イオ、君には導き手が必要だ」

「導き・・・」

――――それは、例えば、ハキム王子のような?

王子の真摯なまなざしには、確かな自信と強い信念がきらめいている。

王子ならば。イオ自身にも扱いきれないこの指輪を、ジャハールの強大な力を、正しく使うことができるのではないか。

ハキム王子の言葉に、イオの心が揺れる。

イオが口を開きかけたその時、

「あまりくだらねぇこと、吹き込んでくれるなよ、王子さま?」

突如、姿をあらわしたジャハールがイオの首根っこをつかみ、力任せにひきよせた。

「っ、ジャハール!」

コホコホと咳き込み、見上げてくる抗議の視線をスルーして、魔神は少女に一喝する。

「ばかが。丸め込まれやがって。お前、何を言おうとしてるか、わかってんのか」

イオを背に引き寄せ、王子に対峙するジャハールにハキム王子は鷹揚に笑って。

「時間は充分にある。イオ、ゆっくり考えるといい」

気を悪くした様子もなく、王子は今一度イオに微笑みかけると、悠然と立ち去っていった。



後に残されたのはイオとジャハールの二人。

憮然と黙り込む魔神を見上げ、イオは口を開いた。

「ジャハール、あんな言い方って・・・」

「るせぇ。お前こそ、単純な口説き文句にひっかかりやがって」

「別に、ひっかかってなんか・・・でもジャハール、考えてみてよ。ずっと指輪を手放すことばかり考えていたけど、王子の言っていることは正しいのかもしれない。ジャハールの力を正しく、みんなのために使うことができれば・・・」

「呆れたお人好しだな、お前は」

ため息をつき、魔神は続ける。

「ああいう手合いは言葉巧みに他人を利用する。お前が丸め込まれるのは勝手だが、オレにまで迷惑を被るのはごめんだ」

「どうして、そこまで毛嫌いするのよ。王子は素晴らしい方よ。ハキム王子みたいな立派な人なら、きっと善いことにあなたの力を使えるのかも」

「はっ!それで、王宮にでも召し抱えられ、あの男の言いなりになるつもりか?ふん、とんだあやつり人形だな」

鋭く、切り捨てるような口調に、イオは顔を伏せ黙り込む。頼りなげな少女にため息をつき、ジャハールは言葉を続ける。

「やめておけ。毒蛇の巣に踏み込むようなものだ」

「・・・でも、王子は間違ってないと思う」

イオにとって、力とは、魔術とは、『人のために在るもの』、そう教えられてきた。

力は、善く使ってこそ意味がある。

国のためを、人のためを想う王子の瞳に嘘はなかった。

頑固でお人好しの主人に、ジャハールはやれやれと首をふり、口を開いた。

「それがお前の決断ならば、オレは従うしかない。だが、後悔するなよ」

「ジャハール・・・」


その日から、ジャハールはイオの側にくっついていることが多くなった。姿をみせなくても、こちらをうかがっている視線を感じることができる。

(めずらしいことだ)

イオは首をひねる。

いつもならば、好き勝手に飛び回り、大人しくしている男ではないのに。

―――――『やめておけ。毒蛇の巣に踏み込むようなものだ』

ふとジャハールの声がこだまする。

いつにない、魔神の真摯な言葉に、すべてを見通すような眼差しに、不安がよぎる。

けれどそんな懸念も、古文書と向き合う日々に紛れ、いつしか薄れていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


豪奢な室内にはその華麗さとは反対に、重苦しい空気が立ちこもっていた。

水煙草(ナルジーレ)から紫煙を吐きだし、ガーズィーは忌々しげに呟く。

「なぜ、殿下はあんな小娘を気にかけるのだ!実力もない、たかが『灯りの魔女』風情が」

「実はその娘について、おもしろい噂を耳にしました」