ジャッカル21
ワルワラは、淫乱で遊び好きで浪費家で賭け事が好きな、三十四歳の美しいグルジア女だ。ソ連崩壊の年に、家族とともにモスクワに出てきた。モスクワ芸大の三年生のとき、ボランティアとして出向いた外務省で、アレクサンドル・ボクロフスキーに一目惚れされてしまった。しめたと思ったワルワラは、アレクサンドルの気が変わらないうちにと、卒業前に結婚した。国家の忠実な下僕であるアレクサンドルは、ワルワラの忠実な下僕にもなった。
彼女は子供ができない体質であるのをいいことに、遊び歩いていた。両親は相次いで死んでしまった。二十も歳の違う夫とは話が全く合わなかった。そもそも話をする機会が少なかった。多忙を極める夫は、役所に寝泊りし、出張をくりかえしている。彼女はいつもむしゃくしゃしていた。ホテル・ウクライナの近くにある外人用の秘密カジノに入り浸っていた。夫は惚れた弱みで強く意見できない。ワルワラはいつも金がない。高官であるのに夫の給料はたいした額ではなかった。博打の負債は増える一方だった。夫にばれたらさすがに放り出されるだろう。しかし、欲望に弱い、だらしない根性は直らない。このままだと外人専用の娼婦に転落しかねなかった。
ところが戯れに寝てみたズヴェルコフが当たりだった。ワルワラのおしゃべりに金を出したからだ。ワルワラは、亭主から聞き出したあれやこれやをしゃべりまくっては、金を請求するようになった。ズヴェルコフは、なくてはならない人間になった。
ズヴェルコフも、他に情報源はあるものの、ワルワラを手放したくなかった。彼女のおしゃべりのほとんどは、取るに足らないものだったが、中には日本が高く買ってくれたものもあった。モスクワでの外国との条約や協定の締結の際に交わされる裏取引の内容が、その主だったものだった。彼女の生活の乱れがいつ自分のスパイ活動の発覚につながるかひやひやしてはいた。身の破滅どころか生命の危険があった。しかし、その危険を冒しても関係は続ける気だった。いざというときの覚悟はできていた。