365本の花
お墓はたくさんの花で覆われていた。365本もの花が花挿しに入りきるはずもなく、入りきらないものはお墓の前面に立てかけられていた。たくさんの花は枯れることなく、今まで見たこともないぐらい綺麗に咲いていた。信じられない不思議な力が働いているようだった。
男の子はちょうど365本目の花を手向けるところだった。その花を手向けてもお母さんが蘇ることはない。
男の子は絶望してしまうのだろうか――。悲しくてせつない想いがこみ上げてきて、僕はうつむいてしまった。
そのときだった。お墓のてっぺんから何か光のようなものが飛び出した。その光は男の子を優しく包みこんだ。
僕には聞こえてきた。その光が発する声が。男の子と話しているようだ。
「ゆうくん」
「お母さん!」
「生き返ったの?」
「いつもお母さんに会いに来てくれてありがとう。綺麗なお花を持ってきてくれてお母さん、とってもうれしかった」
「うん!僕、お母さんがいなくなって寂しくて……」
「会いたくて、会いたくて……」
男の子の声は涙声だった。
「お母さんはゆうくんのことずっと見ていたよ。たくさん、辛い思いをさせちゃったね。本当にごめんね。でもね、お母さんはゆうくんのそばに戻ることはできないの。」
「お母さん……」
「それにね、ゆうくん。ゆうくんが毎日お墓に来てくれるのはうれしかったけど、明日からは毎日は来なくていいのよ。お母さんはゆうくんが普通に生活している姿が見たい。学校に行って勉強して友達と遊んで、笑顔でいっぱいのゆうくんの顔が見たいの」
「うん……」
「だから、明日からはちゃんと学校に行きなさい。勉強してテストで100点取ってその時はお母さんに見せに来てちょうだい。体に気をつけて、頑張ってね。ゆうくんならどんな辛いことでも乗り越えられる。どんなことでも最後までやり通すことができる」
「わかった。僕、頑張る。頑張るよ」
「ありがとう。ゆうくん。寂しい想いをさせてしまって本当にごめんね」
「お母さん!」
男の子を包み込んでいた光はすうっと消えていった。男の子の顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、穏やかな微笑みを浮かべていた。
次の日、男の子はいつもの時間になっても花を買いには来なかった。
「いつもの男の子、今日は学校に行ったみたいだよ」
隣の八百屋の主人が話しかけてきた。
「朝の8時頃にランドセルを背負ってここを通り過ぎていったよ。とても清々しい顔をしてた」
「そうですか……」
男の子に会えなかったのは寂しかったが、良かったと本当に良かったと思った。
次の日の水曜日、店はシャッターが閉まり臨時休業の札がかかっている。
シャッターの前にはバケツが3つ置いてあり、1本100円と書いた紙が張ってある。そして、こう書かれた看板も立てかけてあった。
”どうしてもお花が必要な方はここからお持ちください。お代は箱の中にお願いします”
僕はしばらく帰ってなかった故郷に帰り、母親の墓の前で手を合わせていた。365本もの花はさすがに持っていけなかったが、できる限りの綺麗な花束をもってお墓の花挿しに飾った。その花の中には白いユキヤナギの花と青い花びらのネモフィラの花を入れていった。
僕はかばんの中から1冊の本を取り出した。
「おはながよぶきせき」とその本の表紙には書かれていた。
「会いに来てくれてありがとう」
自分の母親の声が心の中に聞こえてきたような気がした。