恋の結末
最近、思うことがあるんだ。
彼女が欲しいと。
僕に彼女の一人や二人いたっていい気がする。
……いや、もちろん冗談だよ。一人でいいです。むしろなって下さい。
恋愛小説は僕をそんな気持ちにさせてくれる。
せめて朝に女の子に話しかけられるぐらいのイベントは欲しい。
僕はそう考えつつ読んでいた文庫本を閉じた。
「たっく〜ん」
ん? この声は……。
「おはよ、たっくん」
振り返ると、九条葵が飛びついて来た。そのままお腹をぎゅーっと抱きしめた状態で固まっている。
鼻を時折かすめる深い紺の髪は朝日を受けてキラキラと輝いていて綺麗だ。
「なんだ、葵か……」
「なんだはないよ、ひどいよー」
葵は抱きついたまま顔だけ上に向けてくる。くりくりした二つの目がこっちを見据える。
上目使いなんて卑怯だ。
そんなことを考えながらもつい連れない返事をしてしまう。
「せっかく朝から女の子に話しかけられて喜んだのに、腐れ縁のおまえとはな」
「ガーン」
アニメのキャラのような声を出し、葵はホールドを解除して立ち止まった。
ため息を付いて、仕方がないので僕も立ち止まってやる。
「腐れ縁なんてひどいよ。どうして幼馴染って言ってくれないの。たっくんは私のことどう思ってるの?」
「友達未満恋人未満かな」
「ひどいっ、それってもう他人じゃん」
「分かった、分かった。だから泣くな」
幼い頃からの付き合い(ダッシュ)幼馴染だな。
九条葵は隣に住んでいて、幼稚園から今までクラスが一緒だった。
そのおかげで、見飽きるほど葵の顔は見ている。
「そう言えば聞いたよ」
実は僕の初恋の相手はこいつだったりもする。
今でもどうなのかと聞かれれば気になる。
だが、腐れ縁というやつはその一線を超えられないようにするには十分だ。さっき抱きついてきたのだって葵からしたらスキンシップの一つで大した意味も無いんだろうな。
そんな嘆息する僕の事を知ってか知らずか葵は続ける。
「たっくんのお父さんとお母さん、しばらく海外旅行に行くんだってね」
「そうなんだよ。昨日、急に海外旅行に行くって言い出してさ」
「たっくんのお父さんとお母さんらしいね」
「ちょっとは僕のことも少しは考えてくれよなって」
「も、もし良かったら……」
少し葵の顔に朱が差した。そしてもじもじと服の袖口をいじりながら続ける。
「私がご飯……作ってあげるよっ」
「おお、そりゃあありがたい」
このままだったら危うくカップ麺生活に突入するところだったからな。
「これでたっくんのハートもワシづかみっ」
太陽が輝くようにして笑った葵は口の中でもごもごとつぶやいた。
しかし、その声は小さかったのと隣を車が走ったのとで聞き取れなかった。
「……なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ」
そう言うと葵はクスッと笑った。
遠く学校の方からチャイムの音が聞こえてくる。
学校は山の中腹にあり、僕達に苦行を毎朝強いてくる。
「あ、そうだ。私、部室に行かないといけないんだった」
葵が驚いた様な声を上げた。
「そうなのか?」
「そうなの」
「それじゃあしかたないな。葵、じゃあまた今度な」
まだ話していたいが仕方がない。
「うんまたね」
葵はそう言って坂をトテトテと駆け上がっていく。
途中何度かこっちを振り返る。そして、その度に転けそうになりる。
気を付けろよと思いつつ手を振ると葵は顔を赤くしてまた転びそうになる。
そんな事をしながら葵は校門をくぐっていった。
葵って部活に入ってたんだ。幼馴染のそんなことさえよく知らない自分を少々呪う。
幼馴染と結婚式の最中に逮捕されて寝取られる話があるが、そんな主人公はイヤだと切に願う。
だが、現実は非情で結婚はおろか告白する勇気さえ僕は持てないでいる。
と、後ろから誰かが僕を抜かした。
流れるような紫のロングヘアー。
透き通るような透明な肌。
端正に整った顔。
彼女はこの世のものとは違ったミステリアスさをたたえていた。
……こんな人、学校にいたっけ?
「ごきげんよう」
「お、おはようございます」
謎の少女はそれだけ言うと僕を一瞥し去っていった。
ごきげんようなんて初めて聞いたよ。どこかの令嬢か何かかな? クラスメイトにもお嬢様がいたなあ。これ以上お嬢様はいらないと思う。
願いが叶って女の子に話しかけられた。が、どっちも微妙だ。
まあ、そんなもんかなあ。
再び坂を登るという苦行を再開することにした。
花が散って葉っぱだけになった桜の木々が左右に植わっている。
僕は桜に人生を見いだせる程風流な人間ではないが、青々とした木々は見ているだけで清々しいものだった。
彼女が欲しいと。
僕に彼女の一人や二人いたっていい気がする。
……いや、もちろん冗談だよ。一人でいいです。むしろなって下さい。
恋愛小説は僕をそんな気持ちにさせてくれる。
せめて朝に女の子に話しかけられるぐらいのイベントは欲しい。
僕はそう考えつつ読んでいた文庫本を閉じた。
「たっく〜ん」
ん? この声は……。
「おはよ、たっくん」
振り返ると、九条葵が飛びついて来た。そのままお腹をぎゅーっと抱きしめた状態で固まっている。
鼻を時折かすめる深い紺の髪は朝日を受けてキラキラと輝いていて綺麗だ。
「なんだ、葵か……」
「なんだはないよ、ひどいよー」
葵は抱きついたまま顔だけ上に向けてくる。くりくりした二つの目がこっちを見据える。
上目使いなんて卑怯だ。
そんなことを考えながらもつい連れない返事をしてしまう。
「せっかく朝から女の子に話しかけられて喜んだのに、腐れ縁のおまえとはな」
「ガーン」
アニメのキャラのような声を出し、葵はホールドを解除して立ち止まった。
ため息を付いて、仕方がないので僕も立ち止まってやる。
「腐れ縁なんてひどいよ。どうして幼馴染って言ってくれないの。たっくんは私のことどう思ってるの?」
「友達未満恋人未満かな」
「ひどいっ、それってもう他人じゃん」
「分かった、分かった。だから泣くな」
幼い頃からの付き合い(ダッシュ)幼馴染だな。
九条葵は隣に住んでいて、幼稚園から今までクラスが一緒だった。
そのおかげで、見飽きるほど葵の顔は見ている。
「そう言えば聞いたよ」
実は僕の初恋の相手はこいつだったりもする。
今でもどうなのかと聞かれれば気になる。
だが、腐れ縁というやつはその一線を超えられないようにするには十分だ。さっき抱きついてきたのだって葵からしたらスキンシップの一つで大した意味も無いんだろうな。
そんな嘆息する僕の事を知ってか知らずか葵は続ける。
「たっくんのお父さんとお母さん、しばらく海外旅行に行くんだってね」
「そうなんだよ。昨日、急に海外旅行に行くって言い出してさ」
「たっくんのお父さんとお母さんらしいね」
「ちょっとは僕のことも少しは考えてくれよなって」
「も、もし良かったら……」
少し葵の顔に朱が差した。そしてもじもじと服の袖口をいじりながら続ける。
「私がご飯……作ってあげるよっ」
「おお、そりゃあありがたい」
このままだったら危うくカップ麺生活に突入するところだったからな。
「これでたっくんのハートもワシづかみっ」
太陽が輝くようにして笑った葵は口の中でもごもごとつぶやいた。
しかし、その声は小さかったのと隣を車が走ったのとで聞き取れなかった。
「……なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ」
そう言うと葵はクスッと笑った。
遠く学校の方からチャイムの音が聞こえてくる。
学校は山の中腹にあり、僕達に苦行を毎朝強いてくる。
「あ、そうだ。私、部室に行かないといけないんだった」
葵が驚いた様な声を上げた。
「そうなのか?」
「そうなの」
「それじゃあしかたないな。葵、じゃあまた今度な」
まだ話していたいが仕方がない。
「うんまたね」
葵はそう言って坂をトテトテと駆け上がっていく。
途中何度かこっちを振り返る。そして、その度に転けそうになりる。
気を付けろよと思いつつ手を振ると葵は顔を赤くしてまた転びそうになる。
そんな事をしながら葵は校門をくぐっていった。
葵って部活に入ってたんだ。幼馴染のそんなことさえよく知らない自分を少々呪う。
幼馴染と結婚式の最中に逮捕されて寝取られる話があるが、そんな主人公はイヤだと切に願う。
だが、現実は非情で結婚はおろか告白する勇気さえ僕は持てないでいる。
と、後ろから誰かが僕を抜かした。
流れるような紫のロングヘアー。
透き通るような透明な肌。
端正に整った顔。
彼女はこの世のものとは違ったミステリアスさをたたえていた。
……こんな人、学校にいたっけ?
「ごきげんよう」
「お、おはようございます」
謎の少女はそれだけ言うと僕を一瞥し去っていった。
ごきげんようなんて初めて聞いたよ。どこかの令嬢か何かかな? クラスメイトにもお嬢様がいたなあ。これ以上お嬢様はいらないと思う。
願いが叶って女の子に話しかけられた。が、どっちも微妙だ。
まあ、そんなもんかなあ。
再び坂を登るという苦行を再開することにした。
花が散って葉っぱだけになった桜の木々が左右に植わっている。
僕は桜に人生を見いだせる程風流な人間ではないが、青々とした木々は見ているだけで清々しいものだった。