ゲイカクテル 第3章 ~ DANGEROUS ~
「少々お待ち下さい」
その兵士は腰に引っ掛けてある無線で何事か話している。
「すぐに来られるそうです」
「ありがとう」
地面を眺めていると一部が上に上がってきて、一人、人が乗っていた。ウィリアム・ウィロウズ中佐だ。地下は司令室になっている。昔と変わっていない。
「ミニッツ・サンダース大佐! お久し振りです!」
ウィロウズ中佐はアレックスの両手を握って、ブンブン振った。
「ウィロウズ、出世したなぁ」
「そりゃあれから十一年経っていますから、大佐」
「ちょっと太ったんじゃないか?」
「お恥ずかしながら、腹回りがマズいコトになっております、大佐」
「やっぱりなぁ。なぁんかおかしいなぁと思ってさぁ」
「幸せ太りかもしれませんよ、大佐」
「いらん世話だわ」
「これは失言でした。申し訳ありません。でも大佐はお変わりありませんねぇ」
「努力しているからな。筋トレに毎日十キロ走っている」
「素晴らしいですな、大佐」
「努力は必要だぞ、ウィロウズ」
「そうですなぁ」
「じゃあ、邪魔したな。明日までいるから、また顔出すわ」
「ありがとうございます。では」
ウィロウズ中佐は司令室へと戻り、アレックスは車に戻った。車はムニョスの邸宅に直行した。到着すると、もう夕飯の準備が整っていた。ハッキネンはいつもの席へ、アレックスはムニョスの隣の席を勧められた。みんなで他愛もない会話をしながら食事をした。食べ終えると各々の部屋に戻っていった。残されたのはムニョスとアレックスと給仕だった。ムニョスは給仕にジャック・ダニエルを持ってくるよう頼んだ。給仕は戻ってくるとジャック・ダニエルのボトルに氷、二つのグラスを並べた。アレックスがジャック・ダニエルを注ぐ。ムニョスがグラスを持つと二人で乾杯をした。
「どうだ? ポランスキーは殺れそうか」
「明日決行します」
「流石はミニッツ・サンダース。やるコトが早い」
「いいえ。アンドレアのおかげです」
「じゃあ、あまり吞まん方がいいな」
「そうかもしれません」
アレックスは頷くと一気に吞み干した。ムニョスも負けじと一気にあおった。そして互いに「おやすみ」と言って部屋に向かった。
次の日の昼、アレックスとハッキネンは十二時にレノンの丘に向かった。四十五分ほどで着くと、デッドリー・ワークスのカメラマンが待っていた。三人の自己紹介が済むと丘を登った。ウィステアリア・マンションの最上階が見やすいポイントを探す。アレックスがポイントを見つけると、そこに伏せてスコープを覗きながらポランスキーを待つ。脇に湿度計と気圧計も置いた。指はトリガーにかかったままだ。いつでも撃てるようにしている。ハッキネンは双眼鏡でテラスを観察しながらポランスキーを待つ。カメラマンはカメラを肩に背負い、ピントを合わせて待つ。
十四時を過ぎると、ポランスキーと愛人が日光浴をしにテラスに出てきた。二人共ビーチチェアに座って、目の前のテーブルに置かれたトロピカルジュースを飲みながら寛いでいる。カメラが回り、アレックスとハッキネンは時を待った。
遂にその時がやって来た。ポランスキーが完全に大の字になっていた。アレックスは湿度計と気圧計を見て、狙撃に適した数値であるのを確認し、丘の草をむしって放り投げて風の状況を見た。僅かな風が追い風となって吹いていた。風も狙撃に支障はない。アレックスはスコープを覗いて銃の角度を安定させ、迷わずトリガーを引いた。ポランスキーは弾かれたように飛び上がり、ビーチチェアに沈み込んだ。ポランスキーは側頭部から血を流していた。愛人は悲鳴を上げながら、ビーチチェアから転げ落ちた。部屋から子分達が飛び出してきて、ポランスキーの容体を見ている。玄関先で押し問答をしていた警察は、ここぞとばかりに大量に押し入った。子分達は次々に逮捕されてマンションを出ていく。
アレックスは空薬莢を拾い、湿度計と気圧計をコートにしまい、コートに付いたごみを払いながら立ち上がった。ハッキネンも満足して双眼鏡を下ろした。カメラマンもいい絵が撮れたと言ってカメラを切った。三人は二台の車に分乗してデッドリー・ワークスに向かった。
アンドレアが映像をチェックし、スミノフ狙撃銃と空薬莢、湿度計に気圧計を受け取った。
「いいんじゃない、これ。よく撮れてるわよ」
「ありがとうございます、社長」
「ミニッツ・サンダースもやるじゃない」
「やる時はやります」
「あら、何かしら、テレビ。速報だわ」
速報はジュンク・ポランスキーの死を伝えていた。
「はい。じゃあ、ミニッツ・サンダース。賞金の一千万バックス持っていきなさい」
アンドレアは金庫から一千万バックス取り出してカウンターに置いた。ハッキネンがアタッシェケースに詰め込む。
ムニョスの邸宅に戻るとすぐに報告をした。ムニョスも速報ニュースで知っていた。
「ミニッツ・サンダース、いつも通り賞金は折半しようじゃないか」
「そうですね。ハッキネン、アタッシェケースを」
「どうぞ」
ムニョスは中を確かめると五束づつに分けた。自分の取り分は金庫に、アレックスのは上納金を入れてきたアタッシェケースにしまった。そしてムニョスはホランド郡行きの特急汽車の片道切符を手渡した。アレックスはアタッシェケースと切符を持ち、三人で部屋を出た。ムニョスはアレックスに礼を言い、アレックスはハッキネンの車に乗った。
途中、やはり気になるので国境警備隊に寄った。すると物々しいコトになっていた。昨日は兵士だけだったのに、互いに戦車でにらめっこをしていた。ウィロウズ中佐を呼び出してもらう。
「どうしたんだ、これ」
「どうしたもこうしたも、帝国内で共和国人が殺されたってんで、突然前線に戦車ですよ」
「でも麻薬王なんだろ?」
「そんなコトは関係ないんですよ。誰だろうと構わないんです」
「そうか。大変なコトになっちまったなぁ」
「はい、大変です。なので司令室に戻らせて頂きます、大佐。ごきげんよう」
「あぁ、じゃあな」
アレックスはドジを踏んだと思いながらハッキネンの車に戻り、駅へと戻った。
作品名:ゲイカクテル 第3章 ~ DANGEROUS ~ 作家名:飛鳥川 葵