月のうさぎと眼鏡男子。
1.
「月にはうさぎが住んでるんやで」
と、じいちゃんが言っていた。
そんで、その月のうさぎ(但し自己申告)が今、俺の部屋にいる。
見た目俺とタメっぽい感じの、男で、人間の形をしてる。
むかつくことに顔が良く出来ている。
色素の薄い髪はふわふわと柔らかそうで、小顔で肌つるつるでまつげ長くて、スタイルもいい。手足が長い。実に腹立つスペックだ。
つーかうさぎだって言うんなら、どうせだったら、頭のてっぺんから長い耳を生やす位の気概を見せろ。
「中途半端な」
「吐き捨てるのやめてー!うさぎっぽくないからってやめてー!」
「リアリティを追求して何が悪い」
「幼き頃に刷り込まれた常識に飲み込まれちゃ駄目よ。所詮は諸行無常なのよ」
「帰れ」
「無理無理。地球の重力ってマジ半端ないよねー」
「………」
自称月のうさぎは、深夜二時を過ぎた俺の部屋のベッドの上で、あぐらをかいている。
そのジーパン、外で適当に座ったりしてねえだろうな。
ていうか、なぜこの自称月のうさぎが、深夜二時を過ぎた俺の部屋にいるのかというと
それはまったくもって謎。マジで。
受験勉強してて、振り返ったら、「やふ!」と手をあげるこいつがいた。
「………誰」
「月のうさぎでっす!」
「………へえ」
驚かなかったわけでも、動揺しなかったわけでもない。
眼鏡が数ミリずり下がる程度にはびっくりした。
だけど、お前誰だよ!とか
なんでここにいんだよ!とか
どうやってここに入ったんだよ!とか
色々を叫ぶ気力はなかった。
なぜなら、非常に腹が減っていたからだ。
そして、俺のそういうスイッチは、かなりズレているからだ。(自覚はしている)
「えーと、俺に用?」
「うーん、それはごめんなさい」
「じゃあ出てって」
「待って待って待って聞いてー。俺の話聞いてー」
「………」
「そんな露骨にさらっと超面倒くせえいいから帰りやがれこの変態野郎刺すぞコラって顔しないでー」
「や、そこまでは思ってない」
思ってはないが、疲れる予感は充満してる。
クラスにも、こういうテンションの高い奴は何人かいるけど、好んで接触はしない。
だって面倒くさい。
一ミリも悪びれず平然とそこに座ってるこいつも
面と向かって疑う事も言及する事もしないでとりあえず会話しちゃってる自分も
全部、面倒くさい。
「なんとですねー、姫様を探しに来たわけですよーぼくー」
「姫様?」
「月と言えば?」
「クレーター」
「あなぼこだらけの姫がおってたまるかい!」
「かぐや姫かあ」
「余計なボケはさまないでくれます?血がたぎるから」
「そのかぐや姫の行方が不明になってると」
「哀しいことに」
「月のどっかにいるってオチじゃねえの」
「そんなプチな家出かますお方じゃないんですって。ていうか、地球行ったるわコルラアって書き置きあったんですって」
「たくましい姫だな」
「あ、うそ、ごめんなさい。姫様は可憐で美しくて達筆なの。今のは俺ナイズした新しいアプローチ」
「可憐で美しくて達筆なかぐや姫は、闇雲な行動力もあると」
「切ないことに」
「探す場所、見当ついてんの?」
「イエス。このへん」
「どのへん」
「このご町内」
「…月からの地球で東京で渋谷区で、そんなに細かく絞りきれてんだったら、すぐ見つかるだろうが」
「そう簡単に行かないからワタシここであなたとわたわたしてんでしょーが!」
「さらっと俺を数に入れんな」
「ああん、い け ず」
「おでこをつつくな。とりあえず俺、ちょっともう駄目だわ」
言い残して部屋を出た。
腹減りの具合が限界だった。
空腹のあまり幻覚を見て幻聴を聞いたというオチでもいいくらいに空腹だった。
階下のキッチンでお湯をわかして、カップラーメンに注いで、割り箸くわえて、部屋に戻った。
もちろん自称月のうさぎは、幻覚でも幻聴でもなく、俺のベッドの上に座っている。
「いいニホヒー!ちょっとーなにそれー!」
「知らねえの?」
「存じません!が!食べ物?だよね!ね!」
「お前って、腹減るの?」
「いやだー特別扱いやだー。減るに決まっておろうが!」
「あっそ」
ふた開けて、ひとすすりしたラーメンと箸を、「ほい」と渡した。
「なんてことなの、究極の愛をゲッツ」
「やすいなーお前の究極。158円か」
「違いますよ!この地球外生命体に糧を分け与え、それどころか同じ釜の飯を食っちゃうこの愛!どう、愛!」
「地球外生命体って生々しくて引いた。あと、地球外生命体のくせに所々古臭い言葉使うのかなり胡散臭くて引いた」
「詰め寄ってみせるわ心の距離。つーかこれうっまいねー」
勢い良く食べ進めるそいつからカップを奪い返して、ぞぞぞとすする。
この時間のジャンクフードは悪魔的に美味い。てのは万国(?)共通なのか。
「で、そのかぐや姫ってどんな人よ」
「ん?知らない」
「はあ?可憐で美しくて達筆なんだろ?」
「それはまことしやかな噂。だって俺、会ったことないもの」
「しれっと何言ってんの、あんた。ちょっと怖い怖いマジで」
「あのねー、いっかいのうさぎ風情が、簡単に姫様と接点持てるとお思い?んな馬鹿な」
「そのいっかいのうさぎ風情が、どうして単身で地球に来てお姫様を探し回ってるかって話なんだが」
「人手不足?」
「…なんかもう全部が不毛に思えてきた。お前のせいだバーカ」
「諦めたらそこで負けだぞ☆」
「むーかーつーくー」
「痛い痛い痛い痛い」
あっという間に食べ終えたラーメンのカップに割り箸を投げ入れ、さてと。と奴に向き直った。
「じゃあ出てけ」
「なんたる飴と鞭。なんたる急展開」
「お前、俺に用はないんだろ?かぐや姫を探すんだろ?俺がお前にしてやれることはなにもない。なので出てけ」
「泊めて下さいマジで」
「なんでだよ…」
「一宿一飯の恩義したいのー!一飯ゲットしたから、あともうひとこえ!」
「なんでもお前ルールでまかり通ると思うなよ」
「お願い泊めて下さいマジでマジでおーねーがーいーっ」
半泣きのそいつが、がばりと抱きついてきた。
肩の辺りでスリスリする奴の頭をつかんで押し戻す。
「ちょ、なんなのお前ホント。まさか俺のこと気に入ったの」
「やだバレた照れるぅー!好きです付き合って下さいキャv」
「俺が、力づくでたたき出さないって、わかってやってんだろ」
「面倒くさいことはお嫌いとお見受けしたの。そんな優しいアナタが好き」
「………」
「だってホラ見て、お似合いよ、私たちったら」
「どのクチがいうか。つーかもう本当マジで帰れ」
「だーからそうお気軽にポンポン帰れないってさっきも」
「あ、違う違う間違えた。帰れっつか、出てけ。今すぐ。俺のへ や か ら」
「いやーあ!鬼畜!この人鬼畜よ!」
「はあ?鬼畜の内訳を述べてみろ」
「こんな寒空の下、こんなか弱そうな美少年一人放り出して、事件が起きるわ間違いなく」
「寒空、まる。か弱そうな、バツ。美少年、サンカク。事件が起きる、バツ」
「やだ赤点」
「その、ちょいちょいオネエになるの、なに?お前のスペック?月の流行り?」
「あ、今ちょっと月と俺のアイデンティティをバカにしたでしょ。失礼しちゃうーこいつー」
作品名:月のうさぎと眼鏡男子。 作家名:一之瀬 優斗