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狂い咲き乙女ロード ラストダンス

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全身全霊を以って振るわれた刃が由利恵を襲う――はずだった。
「ふっ」
 しかしその刹那、確かに一筋の閃光が放たれたのだった。
 由利恵の刀が閃光った。闇を切り裂く斬撃による一閃だった。
「な、なん…だと…?」
「やはりお前では百合は背負えないようね。冬美」
 冬美の右手首が緩やかに落ちた。勝負の終わりを知らせるかのように、冬美の右腕から鮮血が迸り、床を紅に染めていく。
「終わったわね」
「ま……待て…ま、まだ…」
「一度でも負けの味を覚えたお前はしょせん――負け犬よ。やめなよ。負け犬の遠吠えは」
 これが百合。立花由利恵であるということを、坂本冬美は初めて思い知らされた。
 かつてあれほどに焦がれた背中に届くことはなかった。
 完全な敗北。初めて味わうもの。
 だが、不思議と幸せそうな笑みを浮かながら、冬美は血だまりに沈んだ。
 覚めない夢などは存在しない。
 明けない夜などは存在しないのだ。


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僕の足は一直線にある場所へと向かっていた。森さんがいるとすれば文化棟屋上――そこしかないような気がしていた。階段を駆け上がり扉を開けると、夜の空の下に彼女はいた。彼女は静かにフェンスの向こうを見つめていた。
「森さん…やっぱりここか」
「…………だれ」
「!!!」
 振り返った彼女は、かつて僕が見知った人間とは思えないようだった。解かれた長く乱れた髪が夜風に靡く。その瞳には光は宿ってはおらず、ただ目の前にあるものをあるがままに映し出す夜の水面のようだった。
 恐ろしかった。
 だが、不思議にもそんな彼女は美しかった。
 しかし動揺している場合でないのも事実だった。早くここから連れ出さなければ。まだ真夜中だからいいものの、事態が長引けば確実に近隣住民に通報されてしまう。
「森さん、僕だよ。本山田だ。助けに来たんだ」
「森…? 本山田…? 誰なの、それ。そんな名前知らない」
「知らないってそんな馬鹿な…僕らクラスメイトじゃないか!」
「…………知らない。貴方は…誰? わたしは…誰?」
 まさか記憶喪失なのか?
 百合派に襲われた時にでも何かあったのだろうか。
 だとしたらなお更早く連れ出さないと。僕は彼女に歩み寄ってその手を取ろうとしたその瞬間――――彼女の右手には何かが握られていた。
「うあっ!」
 頬に熱いものが走った。左手で触れてみると――血だ。ナイフによる一撃。寸でのところでかわしきれなかった。
「森さん! 止めるんだ」
「それは…わたしの名前? 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない…………」
 そう呪詛の如く呟くと、ナイフに付いた血を指先で掬い取って顔に塗りたくった。
「………………わたしは、だァれ?」
 そう呟いてから、彼女は――微笑った。
――――――――来る
 そう感じた瞬間には飛びのいていた。
 再び繰り出された一撃を今度はかわしきる。素早くホルスターから銃を抜こうとはしたが――撃てない。僕が彼女を撃てるはずがなかった。
 どうする?
 どうすればいい?
 どうすれば彼女を救えるんだ? 僕はどうしたら――――って、考えるまでもないか。
「やめた」
 そうはっきりと宣言してから、彼女の目の前に拳銃を放り出した。
「な…なに?」
「やめたと言ったんだ。僕は君と戦いに来たんじゃないから。僕は、君を助けに来たんだ」
「私を…助けに…?」
「そうさ。僕だけじゃないよ。立花さんも千秋もそうだ。皆で君を助けに来たんだよ」
「立花……千秋……知らない! そんな名前知らない! 皆知らない! わたしは、わたしは……何にも知らない!!!」
 ナイフを取り落とし、耳を塞ぎながら彼女が叫ぶ。
 それはまるで大切なものを無くして荒れ狂う獣のような、
 それはまるで母親からはぐれてしまって泣く子供のような、
 そんな風に見えた。
「君が僕や千秋を利用しようとしてたのは知ってる。立花さんに対する憧れやコンプレックスが入り混じって気持ちがグチャグチャになっていた時期があったっていうのも知ってる」
「うるさいうるさいうるさい!!! 黙れ! わたしの前から消えろ、消えてなくなれ!」
「そうはいかないよ。君を絶対に連れて帰るから」
 僕の一言で彼女の様子が再び豹変した。足元の拳銃を拾い上げ、僕に向かって突きつけた。その両手は震えながらも、銃口はまっすぐ僕に向けられていた。
「これ以上喋るなら……」
「喋るなら?」
「…………殺す」
「そっか。いいよ。君にはその資格があるしね。その拳銃で僕を殺してもいい。ただ――」
「な、何よ…」
「撃つ前にセーフティを解除するんだね。そう、そこのトリガーを下ろすんだ。あとは…そうだな。この距離はちょっと近すぎるかな。拳銃ってのはそもそもミドルレンジ以上で使うべき武器だしね」
 そう一方的に喋ってから距離をとった。フェンスの傍ギリギリまで下がる。
「これで…よし、と。あとは」
「まだ…何かある…の?」
「命乞いを聴いて貰おうと思ってね。一世一代にして人生初の、命乞いにして――――口説き文句さ」
 さぁ、存分に喋らせてもらいましょうかね。
「僕は確かに君に利用されたし、確かに君を傷つけもした。それは確かな事実だ。でも僕は君に救われてもいたんだ。裏の目的なんてのは正直どうでもいい。君の利用が、君のおせっかいが、嬉しくもあったんだ。僕なんかの為に、必死で動いてくれる君の存在は、僕にとっては救いだったんだよ。そのことにようやく気付いたんだ。例えその裏に隠された目的があったとしてもだ。そんな風にしてくれた人は、君が初めてだったんだよ。森さん」
「その名前でわたしを呼ぶなァァァァァァァァ!!!!!! もう全部忘れたいんだから、わたしを呼ばないで……」
「君を忘れるなんて僕には出来ないよ。だって初めて仲間になれると思えた人なんだから。君と出会えたことは、僕にとって幸いだったと思う。だから、またやり直したいんだ」
 言えなかった言葉はたくさんある。
 でももういい。
 伝えるべき言葉が確かに僕の中にある。
 もう迷わない。
 君に言わなければならなかったこと、今なら言えるよ。森さん。

「僕は君と友達になりたい」

 彼女の目から涙が溢れ出した。
 ゆっくりと頬を伝い、床へと零れ落ちる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 彼女が慟哭した。その場に崩れ落ち、大声で泣いた。
 静寂を、
 この闇を突き破るかのように――
 悪夢の終わりを告げるかのように――
 僕はゆっくりと彼女の傍に歩み寄った
「も、本山田くん…わたし、わたしは!」
泣きじゃくりながら僕を見上げたその顔は、僕の知っている森裕子そのものだった。
 さぁ、終わりにしよう。何もかも。
 ここから全てが始まるんだ。
 僕はゆっくりと右手を差し伸べた。
 戸惑いながらも、彼女は僕の手を握り返してくれた。


「おかえり」


 長い長い一日の終わりだった。
 僕たちの夜は終わった。
 始まりの朝がやってくることを僕たちは確信し合った。