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ペンギンズ・ハッピートーク~空想科学省心霊課創設の経緯~

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 数日後。喫茶ロイヤルカナンにて、私とエンデは向かい合って座っていた。今日もこの間と同じ様に空いていたため、奥の窓際の席を確保することができた。この席からは、街を歩く人、店内の客、カウンターの奥で作業している店員、といった人間の行動を、相手に覚られることなく、逐一観察することができるのだ。私たちがこの席を気に入っているのは、そんな理由からだった。
「しかしエンデ。この間はお手柄だったな」
 汗をかいたコップを透かして私が言うと、エンデはストローを咥えたまま、上目遣いでこちらを見て、照れたように笑った。
「いやあ、それほどでも」
「しかし、あの時、幽霊は何を言ったんだ? ほら、あの夫婦の耳元にペンギンを近づけただろう」
 私は、ここ数日ずっと気になっていたことをぶつけてみた。エンデがペンギンを夫婦の耳元に近づけた……、あの直後、夫婦は何かをひどく恐れるように、恐怖するように叫んだのだ。あの、全てを決したペンギン、もとい白藤夢姫の言葉とは、一体……。
「ああ、あれね。あれは、あたしが腹話術でちょいと演技をね」
 私は一気に脱力した。
「なんだ……、あれは幽霊が何か言ったのではなかったのか」
「あっはっは! あったりまえじゃーん」
 ひらひらと両手を振って、エンデは大きく笑った。
「人は後ろ暗いことがあると、簡単な演技でも騙されちゃうんだよねえ。決定的な証拠なんて見つからなかったからとにかく自供に持っていきたかったし、あの時はもう、夢姫さんは成仏しちゃってたから、乗り移ってもらう事はできなかったし」
「と、いうことは……じゃあ、あれはやっぱり、途中までは夢姫さんが乗り移っていたのか」
「うん」
 軽く肯いて見せたエンデに、私はまたも感心して、ため息までついてしまった。
「あのペンギン君にはね、一体の霊を一度しか乗り移らせることができないのさ。だから、ああやって、実際に現場にいた可能性のある人間をひとつの所に集めることができないと、意味が無い。一度に全員の前で憑依させて見せることによってしか、人の信用を得る事はできないからねえ」
「ふーむ」
「まっ、事件も解決したし、あたしの体も軽くなったし、万々歳ってとこだね」
「そうだな」
 私たちは、テーブルに並べられたお冷のコップがきちんと二人分であることを祝して、僅かなオレンジジュースが入ったコップをカチンと合わせた。
その時、丁度店内に、男性の二人連れが入ってきた。一人はぴしっとした高級そうなスーツに身を包んでおり、もう一人はどことなくいやらしい薄ら笑いを顔に浮かべた、普通のスーツの男である。私とエンデがそれとなく彼らを観察していると、彼らはまっすぐ、こちらへ向かってきた。
「塩出さん、ですね?」
 高級そうなスーツの男が、エンデに声をかけた。
「そうですけど」
「私たちはこういう者です」
 彼らは懐から警察手帳を取り出して、きちんと文字を読めるように、私たちに提示した。
「はあ……。それで、何の用です?」
「今日はひとつ、貴女の能力を見込んで、考えていただきたいお話が御座いまして。率直に申し上げましょう。このところ増えている心霊現象、超常現象、その他様々な超科学的事件の解決のため、国は新たに空想科学省を設け、警察に並ぶ捜査権限を、そこに与えようと考えております。……貴女には、その空想科学省内の一部署・心霊課の、主任になっていただきたい」
「はあ……」
 エンデは気乗りしない様子で相槌を打った。すると、今話をしていた高級スーツの男の後ろから、にやけ顔の男が声を上げた。
「実は私も、心霊課に配属される予定となってましてね。どんな力があるのかなんて、漏らせませんけれども。うっふっふ、塩出さんみたいな可愛いお嬢さんと仕事ができれば幸せですよ」
「はあ、そうですか」
 にやけ顔の男は、にやけ顔のまま、また後ろに引っ込んでしまった。見たところまだ若そうなのに、随分おやじくさい奴である。
「それでは、今日のところはこれで失礼します。塩出さん、無理にとは言いませんが、これは国民の安全を守る、一大事業となるでしょう。どうか、前向きなご検討をお願いいたします」
「いたします」
 二人の男は揃って礼をして、さっさと店を出て行ってしまった。店のドアに取り付けられたベルがからんと音を立てたのと同時に、私はエンデに尋ねた。
「おい、エンデ。今の話、もちろん受けるんだろう?」
 私が身を乗り出すのとは反対に、エンデは興味なさそうに椅子の背に寄りかかった。
「うーん、面倒そうな話だなあ……。どうしよっかなあ」
「なっ……何を言う、あんな面白そうな話はないだろう! 空想科学省だぞ? 心霊課だぞ? きっとお札を使って悪霊退治とか、人を呪わば穴二つとか、そんなおどろおどろしいイベントが満載だぞ? 物凄く楽しそうではないか!」
「はいはい」
 エンデはテーブルに肘を突いて、熱く語る私をうっとうしそうに眺めた。
「まったく……スズっちって変なところでスイッチ入るよね。いつもは冷静なのに」
「私はただ、面白そうなことが転がっているのに放っておくことができないだけだ」
「分かってるさ。……でもね、スズっち。あたしはまだ院生、つまり学生なんだよ。研究したいコトだってまだまだたくさんあるし、せっかく入った院を中途退学なんてしたくない」
「ふむ……」
「それに、なんかさっきのたぬき親父が気に食わない」
 恐らくそれが一番の理由だな。確かに、その印象には同感だ。
「ふん。まあ、エンデが気乗りしないのなら、それはそれで仕方ないな」
「でしょ。……ま、院を卒業した頃にもまだ、あたしを受け入れてくれる、っていうんなら、別だけどさ」
 そう言って、エンデはオレンジジュースを飲み干した。溶け残った氷が、音を立てた。