もう一度、はじめましょう
「名前、ワズ。年齢、18。余命――残り1週間」
淡々と、抑揚のない口調で、目の前にいる男は告げる。黒いローブを纏った出で立ちは異常で、どう考えても目立つはずなのだが、この公園にいる者は誰一人として、こちらを見ようとはしない。気付いてないらしい。
さて、そんなことを告げられた当人、ワズは、ベンチに腰を落ち着けながら、大人しく話を聞いていた。先ほど購入したコーヒーを飲むのは忘れていない。
「1週間だ。この間に、やり残したことを終わらせろ。……先に言っておくが、俺の事や余命の事を、他人に話すことは固く禁じられている」
事務処理を行うかのような進め方だ。それでも、ワズは黙って聞いていた。文字通り聞いて「いた」。
「…………話せば、どうなる?」
今の今まで口を噤んでいたワズは、唐突に男に問いかけた。それに対し、特に面食らった様子もなく、腕組みをして座っているワズを見下ろす。
「そもそも、話すことはできない。そう、上から聞いている。試しても構わないが、不審に思われるだけに終わるだろう」
「ふぅん」
驚きはしなかった。自分の意志で話せない。そう、言われているにも関わらず、だ。
だって、もっと驚くべきことが、目の前で起こっている。
「……ああ、自己紹介がまだだったな。俺は、玲。今回お前の専属になった、――死神だ」
男、玲は、浮いていた。きっと、この突拍子もない話を信じさせるための、パフォーマンスなのだろう。「上」から命令されているのかもしれない。
死神、とワズは呟いた。
(そっか、死ぬのか)
悲しみは感じず、憤りもなく、虚しさも残らず。ただ、そう思った。
――それが、二人の、最初の出会いだった。
◇◆◇◆
衝撃的、と表現するにはなんとも微妙な出会いから、早5日。玲の眉間には、しわが寄っていた。
彼の視界の中で、ワズはひたすらゲームに没頭していた。どうやら、今は夏休みらしく、とくにすることがないらしい。
「いや、それにしたっておかしいだろ。俺は言ったはずだ。『やり残したことは終わらせろ』って。もう5日も経ったぞ」
「そんなこと言ったってさー、やり残したことないんだもん。このまま死んだって、変わんないってー」
ゲーム機から顔を上げずに返答するワズ。この問答は、2日目から始まり、毎日のように行われているわけだが、未だに進展する様子はない。横一線である。
「後悔しても知らないぞ」と、結局玲の方が折れて、話を締めることになるのも、いつものことだ。
「れーくんにそんなこと言われるなんて、いっがーい」
「……れーくんはやめろ」
「だってさ、キミって死神なんでしょ? だったら、魂だけ狩って、さっさと行っちゃえばいいじゃん」
「そういうわけにもいかないんだ」
死神。死を司る、神。
本来、死んだ魂は自らの意志と本能で、あの世へと向かう。だが、ごく稀に、それに逆らい、霊として人々に何らかの影響を与えることもある。
それらの監視も含め、死神たちは、ランダムで選ばれた人間の死期を本人に伝え、その魂をあの世へ送り届けているのだ。
その際の留意点として、死期を早めていけない、ターゲットや霊以外に姿を見せてはいけない、等々があったりすると、最初の頃に玲は話した。
「結構面倒なんだね、死神って」
「これも仕事だ。仕方ない」
「お給料貰ってんの?」
「お前たちとは、価値観が違うんだ」
他愛もない会話である。特に意味があって話しているわけではない。互いに、世間話をするように、それでいて相手に踏み込まれないように一線を引いて、会話をしている。
緊張感はある。だが、普段家にいるワズにとって、退屈しないこの日々は実に楽しいものだった。こんな日々で終われるのなら、死んでもいいとさえ思っていた。
「れーくん、れーくん」
「なんだ」
「暇だからさ、テレビゲームで対戦しない? ほら、ちょうどコントローラー二つあるし」
「なぜ、俺がしなきゃならないんだ」
「どうせれーくんも暇でしょ? よし、スイッチオーン」
「…………………」
渋い顔をする玲を余所に、ワズはテレビの電源と本体の電源を入れる。いつも通り読めない無表情だが、その顔が少し綻んでいた。
玲は、自分の立場について話はしたが、自分の仕事以外のことは話したことはなかった。そして、ワズのことも、聞いたことがなかった。
それでいいのだと、思っている。自分は狩る側で、彼は狩られる側。必要最低限の情報さえあれば、問題ないのだと。
だから、こんな馴れ合いは必要ない。そう思っているのに、その手は、コントローラーを掴んでいた。
◇◆◇◆
そして、約束の1週間が経った。
「今日が最後かー。なんか短かったね」
「俺に聞くな。こんなこと、毎回体験している」
「だよねー。感覚が違うんだもんねー」
悲観している様子は、彼にはない。はじまりのあの公園の、あのベンチに座り、同じ銘柄のコーヒーを啜りながら、ワズは浮かんでいる玲を見上げた。
「座ったら? どうせ、この時間帯はあんまり人来ないし。わざわざボクの隣には来ないでしょ」
断られるかな、と少し感じた。だた、意外にも、玲は大人しくベンチに座った。
そんな彼の態度を珍しく感じ、マジマジと見ていると、睨まれた。機嫌はいつも通りらしい。
「ねぇ、れーくん」
「なんだ」
「最後だからさ。せっかくだし、ボクの話、聞いてくれない?」
玲は、目を見開いた。まさか、ワズは、己の身の上話をするつもりなのだろうか。まさか、ワズに限って。最後まで話さないものだと、思っていたのに。
いつもだったら、この時点で断っていた。余計な情が湧けば、あとに引きずったり、魂の運送をまともに行えなくなる可能性があるからだ。
だが、玲はそうはしなかった。ただ、静かに、頷いていた。
「ありがとう」
いままで無表情だった、ワズ。一瞬だけ、目を細め、表情が柔らかいものになっていた。
「……ボク、さ。捨て子なんだ」
母と父は愛人同士だったらしく、産まれてきたワズを託児所に預けたまま、帰ってこなかった。託児所の人間は、大層困った。捨て子だということは、すぐに子供たちに知れ渡り、かげでいじめなんかにも発展していた。
そんな時、貰い手が見つかった。資産家の老夫婦だった。彼らは、子供が産まれなかっため、ワズを我が子のように育てたのだという。
だが、老夫婦もワズが小学生の間に亡くなってしまい、彼は老夫婦の親戚の家を転々とすることになった。そこでの扱いは、決していいものではなかった。
それが、やっとだ。大学へ進学するのと同時に、家から出ることができるようになった。仕送りは、してもらっている。家から出さえすれば、問題はなかったらしかった。
「だからさ、キミがボクのところに来てくれて、嬉しかったんだよ。あんな風に一緒にゲームやってくれる人とか、いなかったから。大学でも、あんまり友達、いないしね」
死神に、いてくれて嬉しいなどと言う者がいるのだろうか。大抵の者は、自分の死を直面して、泣き叫び、許しを請い、怒り狂い――とてもではないが、正常な状態ではないものだ。
ワズが正常だと言うには、いささか疑問が生じるが、少なくとも、彼は落ち着いていた。
淡々と、抑揚のない口調で、目の前にいる男は告げる。黒いローブを纏った出で立ちは異常で、どう考えても目立つはずなのだが、この公園にいる者は誰一人として、こちらを見ようとはしない。気付いてないらしい。
さて、そんなことを告げられた当人、ワズは、ベンチに腰を落ち着けながら、大人しく話を聞いていた。先ほど購入したコーヒーを飲むのは忘れていない。
「1週間だ。この間に、やり残したことを終わらせろ。……先に言っておくが、俺の事や余命の事を、他人に話すことは固く禁じられている」
事務処理を行うかのような進め方だ。それでも、ワズは黙って聞いていた。文字通り聞いて「いた」。
「…………話せば、どうなる?」
今の今まで口を噤んでいたワズは、唐突に男に問いかけた。それに対し、特に面食らった様子もなく、腕組みをして座っているワズを見下ろす。
「そもそも、話すことはできない。そう、上から聞いている。試しても構わないが、不審に思われるだけに終わるだろう」
「ふぅん」
驚きはしなかった。自分の意志で話せない。そう、言われているにも関わらず、だ。
だって、もっと驚くべきことが、目の前で起こっている。
「……ああ、自己紹介がまだだったな。俺は、玲。今回お前の専属になった、――死神だ」
男、玲は、浮いていた。きっと、この突拍子もない話を信じさせるための、パフォーマンスなのだろう。「上」から命令されているのかもしれない。
死神、とワズは呟いた。
(そっか、死ぬのか)
悲しみは感じず、憤りもなく、虚しさも残らず。ただ、そう思った。
――それが、二人の、最初の出会いだった。
◇◆◇◆
衝撃的、と表現するにはなんとも微妙な出会いから、早5日。玲の眉間には、しわが寄っていた。
彼の視界の中で、ワズはひたすらゲームに没頭していた。どうやら、今は夏休みらしく、とくにすることがないらしい。
「いや、それにしたっておかしいだろ。俺は言ったはずだ。『やり残したことは終わらせろ』って。もう5日も経ったぞ」
「そんなこと言ったってさー、やり残したことないんだもん。このまま死んだって、変わんないってー」
ゲーム機から顔を上げずに返答するワズ。この問答は、2日目から始まり、毎日のように行われているわけだが、未だに進展する様子はない。横一線である。
「後悔しても知らないぞ」と、結局玲の方が折れて、話を締めることになるのも、いつものことだ。
「れーくんにそんなこと言われるなんて、いっがーい」
「……れーくんはやめろ」
「だってさ、キミって死神なんでしょ? だったら、魂だけ狩って、さっさと行っちゃえばいいじゃん」
「そういうわけにもいかないんだ」
死神。死を司る、神。
本来、死んだ魂は自らの意志と本能で、あの世へと向かう。だが、ごく稀に、それに逆らい、霊として人々に何らかの影響を与えることもある。
それらの監視も含め、死神たちは、ランダムで選ばれた人間の死期を本人に伝え、その魂をあの世へ送り届けているのだ。
その際の留意点として、死期を早めていけない、ターゲットや霊以外に姿を見せてはいけない、等々があったりすると、最初の頃に玲は話した。
「結構面倒なんだね、死神って」
「これも仕事だ。仕方ない」
「お給料貰ってんの?」
「お前たちとは、価値観が違うんだ」
他愛もない会話である。特に意味があって話しているわけではない。互いに、世間話をするように、それでいて相手に踏み込まれないように一線を引いて、会話をしている。
緊張感はある。だが、普段家にいるワズにとって、退屈しないこの日々は実に楽しいものだった。こんな日々で終われるのなら、死んでもいいとさえ思っていた。
「れーくん、れーくん」
「なんだ」
「暇だからさ、テレビゲームで対戦しない? ほら、ちょうどコントローラー二つあるし」
「なぜ、俺がしなきゃならないんだ」
「どうせれーくんも暇でしょ? よし、スイッチオーン」
「…………………」
渋い顔をする玲を余所に、ワズはテレビの電源と本体の電源を入れる。いつも通り読めない無表情だが、その顔が少し綻んでいた。
玲は、自分の立場について話はしたが、自分の仕事以外のことは話したことはなかった。そして、ワズのことも、聞いたことがなかった。
それでいいのだと、思っている。自分は狩る側で、彼は狩られる側。必要最低限の情報さえあれば、問題ないのだと。
だから、こんな馴れ合いは必要ない。そう思っているのに、その手は、コントローラーを掴んでいた。
◇◆◇◆
そして、約束の1週間が経った。
「今日が最後かー。なんか短かったね」
「俺に聞くな。こんなこと、毎回体験している」
「だよねー。感覚が違うんだもんねー」
悲観している様子は、彼にはない。はじまりのあの公園の、あのベンチに座り、同じ銘柄のコーヒーを啜りながら、ワズは浮かんでいる玲を見上げた。
「座ったら? どうせ、この時間帯はあんまり人来ないし。わざわざボクの隣には来ないでしょ」
断られるかな、と少し感じた。だた、意外にも、玲は大人しくベンチに座った。
そんな彼の態度を珍しく感じ、マジマジと見ていると、睨まれた。機嫌はいつも通りらしい。
「ねぇ、れーくん」
「なんだ」
「最後だからさ。せっかくだし、ボクの話、聞いてくれない?」
玲は、目を見開いた。まさか、ワズは、己の身の上話をするつもりなのだろうか。まさか、ワズに限って。最後まで話さないものだと、思っていたのに。
いつもだったら、この時点で断っていた。余計な情が湧けば、あとに引きずったり、魂の運送をまともに行えなくなる可能性があるからだ。
だが、玲はそうはしなかった。ただ、静かに、頷いていた。
「ありがとう」
いままで無表情だった、ワズ。一瞬だけ、目を細め、表情が柔らかいものになっていた。
「……ボク、さ。捨て子なんだ」
母と父は愛人同士だったらしく、産まれてきたワズを託児所に預けたまま、帰ってこなかった。託児所の人間は、大層困った。捨て子だということは、すぐに子供たちに知れ渡り、かげでいじめなんかにも発展していた。
そんな時、貰い手が見つかった。資産家の老夫婦だった。彼らは、子供が産まれなかっため、ワズを我が子のように育てたのだという。
だが、老夫婦もワズが小学生の間に亡くなってしまい、彼は老夫婦の親戚の家を転々とすることになった。そこでの扱いは、決していいものではなかった。
それが、やっとだ。大学へ進学するのと同時に、家から出ることができるようになった。仕送りは、してもらっている。家から出さえすれば、問題はなかったらしかった。
「だからさ、キミがボクのところに来てくれて、嬉しかったんだよ。あんな風に一緒にゲームやってくれる人とか、いなかったから。大学でも、あんまり友達、いないしね」
死神に、いてくれて嬉しいなどと言う者がいるのだろうか。大抵の者は、自分の死を直面して、泣き叫び、許しを請い、怒り狂い――とてもではないが、正常な状態ではないものだ。
ワズが正常だと言うには、いささか疑問が生じるが、少なくとも、彼は落ち着いていた。
作品名:もう一度、はじめましょう 作家名:テイル