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モンスターペアレント

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「これは何、和美さん」
授業中、やたらと手元を気にしている児童がいたので僕が注意をしようと近づいた時だった。
その児童の手元には本来、小学生が持つには明らかに不相応な物が握られていた。
「お母さんに持たされた」
彼女は言う。
「お母さんが、これを使いながら授業を受けろって」
彼女の手に握り締められていたのは、小型の盗聴器だった。

昨今、現在の教育者を悩ませる問題がある。
モンスターペアレント。
学校、強いては教師に対し自己中心ともいえる理不尽な要求をする親を一般に指す。
もちろん、すべての親がそうとは限らないが近年、少しずつ増加している傾向にある。
僕も、大学を出てから教師になって早10年。
今までにいろんな親を見てきたが盗聴器を仕込ませる親はこれが初めてだった。
「どうして、お母さんにこれを持たされたの? 」
僕は笑いながら決して怒ってないという雰囲気を出しながら接する。
「和美のいる学校は危ないから、って言ってた」
危ない?
少なくともこの学校は今までに大きな事件を起こしたことはない。
もちろん、汚職事件やパワハラなどの黒い噂もない。
何が原因なのかまったく分からないで考え込んでいると、和美さんはさらに言葉を続ける。
「先生が危ないからって」
僕が危ない?
流石にそれは心外だ。
だが、親が僕に対してあまりいい感情を抱いていないというのは何となく分かる。
僕は結婚し、一人の娘もいるが現在はその妻と別居中にある。娘も妻が連れて行った。
妻が出て行く際に、「私たちには関わらないで」っと言っていた。
それから、僕たちはお互いに連絡を一切とりっ合っていない。
いつからかこの事は近所中に広まってしまい、それがこの学校に子供を通わせている沢山の親の耳に入ってしまった。
そして恐らくは、家族生活を満足に営めないような奴の教育が心配だっという考えから僕の授業を録音させようと考えたのだろう。
だが、断言したい。
僕は学校で預かっている子供に対して決してひどいことはしていないと。
「和美さん、申し訳ないのだけれどこの機械は預からせてもらえないかな? 」
正直、こんなことをされるとは思っていなかったが自分の授業を録音されるというのはあまり気持ちが良くない。
ゆっくり怖がらせないように、言い聞かせる。
「でも、これをお母さんに渡さないと私が怒られる」
たしかにそうだろう。
録音させる以上は中身を聞くはずだ。
「お母さんには、先生から話しておくから。それに、学校が終われば返すから、ね? 」
そこまでいうと、ようやく「分かった」っといって盗聴器を渡してくれる。
「ありがとう。絶対に返すからね」
そういい、僕は止めてしまった授業を再開する。

休み時間。
僕は和美さんから預かった盗聴機を椅子に座りながら何となくかざしてみる。
大きさにして、指の第一関節程度しかない小さなものだ。
「なんで子供にこんなことさせるかなぁ」
僕は思わずため息が出る。
たしかに、直接学校に乗り込んで散々わめき散らす親にはほとほと困るものがある。
しかし、まだ幼い子供にこんな物騒なものを持たせるというのは理解に苦しむ。
これなら、まだ学校に乗り込んできたほうがマシというものだ。
「そういえば、これっていつから録音してあるのだろう」
ふと、疑問に思う。
録音機を預かったのは5時間目のことだった。
もしかしたら、既に4時間分の授業が録音されているのかもしれない。
自分の授業が客観的に見たらどのくらい理解しやすかったりするのだろうか。
勝手に理由を考えながら僕はいけないことだと思いつつ、録音機を再生させる。
「ザザ……ザザ……」
ノイズの音がひどい。
これは録音できていないのかもしれない。
そう思って電源を切ろうとした時だった。
「「おはようございます、今日も一日元気に頑張っていきましょう」」
小さなスピーカーから自分が今朝、児童に言った挨拶が聞こえてくる。
「はは、僕ってこんな声なんだな」
客観的に聞く自分の声とは自分が思っている以上に変な声に聞こえるものだ。
しかし、これで朝の朝礼から録音を開始しているということがわかった。
「「では、これで朝の朝礼を終わりにします。日直さん、号令お願いします」」
朝礼が終わり、日直が号令をかける。
扉を占める音がすると、途端にうるさくなる。
さっきの扉を閉める音は自分が扉を閉めた音なのだろう。
「こいつら、僕の前では静かなくせに……」
朝礼では静かな僕のクラスだが、僕がいない間はこんなに騒いでいるのか。
普段、見えない児童の姿が見えた気がして微笑ましくなってくる。
「ここから10分は聞かなくてもよさそうだな」
朝の朝礼が終わってから10分は授業の準備時間となっている。
授業は基本的に教室で行うので、これから10分は教室内の児童達の他愛もない会話に終始するだろう。
「さて、早送りはどれかな? 」
児童達の会話まで聞く気はないし、失礼なので早送りをしようとするとスピーカーが急に静かになる。
「ん? 」
思わず早送りをしようとした手を止める。
何だ、教室の外へ出たのか。
ペタペタと上履きがリノリウムの廊下を踏む音だけが響く。
トイレだろうか。
だったら、尚更このまま聞くのはマズイ。
急いで早送りをしようとしたときだった。
「「そうなのですか、川島先生は今度沖縄へ行くのですか」」
それは僕の声だった。
川島先生は僕と同期で教職に就いた女性教員だった。
同僚なので、自然と1番多く僕と会話している人だ。
「偶然なのか? 」
今の行動を見るに、何だか僕のことを尾行していると考えられなくなかった。
「いや、気のせいだろう」
そうだ偶然だ、偶然に決まっている。
そう考えていると、盗聴器のスピーカーからチャイムの音が聞こえる。
「「あ、もうこんな時間だ。川島先生、また後で」」
僕の履いている革靴の音が近づいてくると、逆に今度は上履きの音がせわしなく聞こえてくる。
逃げているのだ。
「偶然…偶然……だよな」
偶然だと信じたかった。
もし、このまま尾行されていたならばこれは相当にまずいことになる。
僕は背中にジワっと汗を感じながら盗聴器を早送りしていく。
もう、授業などどうでもよかった。
それよりも、もし休み時間中ずっと尾行されていたならば……。
まずは、確信を得るために一時間目の休み時間まで早送りをする。
「「では、授業を終わりにします。日直さん号令お願いします」」
自分の中で定型的に出る終わりの音頭を告げ、扉が閉まる音がする。
それと同時に湧き上がるクラスの声。
ここからだ。
ここで、もし彼女が教室から出なければさっきのは単なる偶然という可能性も出てくる。
「思い違いであってくれ……」
淡い期待をするが、それは無駄であった。
コツ、コツという革靴で歩く足音が聞こえる。
僕だ。
間違いない、和美さんは僕を尾行している。
「となると、やっぱりすべての休み時間の会話が録音されている……」
僕は慌てて録音機を早送りする。
途中の会話は心配ない。
マズイのは4時間目終了後の昼休みだ。
問題の部分まで少しでも早くたどり着こうと全力で早送りを押し続ける。
「はやく…はやく…」
作品名:モンスターペアレント 作家名:久遠