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欲望の果て

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都内のホテルのティーラウンジで海外赴任より戻った芹沢純一郎は上司である赤城を待っていた、もっとも赴任より戻り初日の出勤より直接会社へ出勤する予定だったが赤城よりの電話で出勤までに先に会いたいという事でここで待っているのである。コーヒーを注文してしばらくすると赤城が現れた。
「待たせたかな」
「どうも、お久しぶりです赤城専務、ついさっき僕も着いた所なので大丈夫です。」と純一郎は席を立ち赤城に挨拶をした。
「なら良かった海外赴任帰りの我社のエースを待たせたとあっては悪いからな」立ち上がった純一郎の肩を軽く弐度たたくと席に着いた
「どうだった欧州は、国内と違って面白かっただろう?特に芹沢のような攻めの営業スタイルの人間には最適だし、第一国内のように変な柵はない・・まさにビジネスに専念出来る!お陰で我社の欧州市場は後発ながら日本の商社では圏外から一気にトップなんだから本当によくやってくれた。」
「いや、タイミングが良かったのと、欧州市場トップの角紅が相続絡みの人事問題で社内に意思決定の乱れが生じそれが営業サイドに波及したので市場に入り込む隙が沢山ありましたから・・その状況を予測し僕を欧州に送り込んだ赤城専務の采配のお陰ですよ、専務のライバル社のリサーチ能力はCIA級ですね」
「ご謙遜、ご謙遜・・いくら情報や材料があってもそれを如何に分析して作戦を立てるかだ、今回の欧州市場の成果は紛れも無く、芹沢純一郎、お前の成果だ、自信を持って本社で振る舞え。」
「ありがとうございます、営業戦略室トップでもある専務にそう言われると嬉しく思います。」
コーヒーを飲みながらお互い久々の対面に同じく欧州赴任経験のある赤城と純一郎は欧州での生活の話にしばらく話がはずんだ。
赤城はふと腕時計を見ながら言った
「芹沢、今日の出社は13時の会議からだったな」
「そうです、まだ12時ですがそろそろ向かわれますか?」
「そうだな、俺はその前に客があるから先に出るが、お前はまだ時間があるからゆっくりすれば良い・・会社まではここからなら15分程だし・・それに会議室もまだ閉まっているしな、全く・・セキュリティーの厳しい会社も問題だな」
「わかりました、早く向かってもどうせデスクもありませんし」と純一郎は苦笑しながら言った。
「じゃ、後でまた」と赤城は席を立とうとした、純一郎も席を立ち赤城を見送ろうとすると
赤城が思いだしたかのように純一郎に言った
「そうだ、今日の夜少しばかり時間を取れるかな?欧州帰りの成果にささやかながら俺からお祝いと感謝の席を用意したいのだが」
「ありがとうございます、お気使い感謝致します。」
「そうか、では会議の後で。」
そう言うと赤城はホテルのティーラウンジを後にした。赤城を見送りながら純一郎はふと背後より視線を感じたので後を振り返ると・吹き抜けの2階のティーラウンジからこちらを見ている和装の女性と杖を携えた白髪混じりの初老の紳士と目が合った、女性が会釈をしているようだったので芹沢も軽く会釈をした。何処かで会ったのだろうか・・・?純一郎は思ったが大して気にも留めなかった。一人でここにいても退屈なので、しばらくして純一郎も会社に向かう為にホテルのティーラウンジを後にした、会議には時間がまだあるので近くの本屋に寄る事にした、本屋の入り口でスマートフォンを手に画面と手に持ったメモのような物と見比べながら歩く髪の長い女性に純一郎はぶつかった。
「すいません」そう発した声はほぼお互い同時だった。
「大丈夫ですか?」純一郎は地面に落ちたスマートフォンを拾い上げ女性を気遣った、女性も純一郎に対し丁寧に謝罪した。
「ごめんなさい、地図を見ていて前をよく見ていなかった私が悪いんです、本当にごめんなさいね。」
突然ぶつかられて迷惑であったが、世知辛い世の中にもこのように丁寧な女性がいる事に純一郎は少し嬉しくなった。
「いえ僕も前をよく見ていなかったのでぶつかったんです・・すいません」純一郎がそう言い終えると女性は純一郎に頭をさげ急いでいる様子でその場を離れた。女性の離れた後に残った香りが純一郎は妙に心地よくしばらくそこに立っていた。
この遠くて近い出会いが今後の純一郎の生活を大きく変えていこうとはこの時はまだ知る由もなかった。というより純一郎はこの後に控えた本社での帰国の報告会議の事で頭がいっぱいだったのである。
程良い時間に本社会議室に向かった純一郎は役員等に欧州での成果を称賛され同時に戦略営業室長の辞令も受け取る事となった。従来戦略営業室長のポストは専務である赤城が兼任しており事実上営業のトップは赤城であったが、純一郎が欧州に赴任している間にこの五菱商事本社内でも常務派と専務派の勢力争いが生じ専務の職域が広範囲過ぎ負担を軽くするという表向きは温情ある素晴らしい理由付けで戦略営業室は独立組織となった、本当の所は戦略営業室の握る膨大な経費と組織力を専務である赤城から剥奪する事にあった。常務である水島直人は経営親族の輩出で外様の赤城とは違い地味な保守派でもある、外様の赤城が専務でいられるのは繊維商社から石油商社変わりつつある五菱商事の変革期に会社の売上を大きく拡大させた功績を社長である水島一輝に認められ異例の外様での専務取締役
抜擢であった。もっともその営業手法は過剰接待と実弾路線が中心ではあるが・・経費に見合った売上の拡大は企業にとってはありがたい事でありそれがどのような手法かまでは成長期の商社にとっては問題では無かったが時が経ち企業規模が拡大するにつれ会社の倫理観、品行方正を謳う総務・人事部を中心とする常務派と売上拡大の為にはある程度グレーゾーンも必要という営業部を中心とした専務派に染まりつつあった。戦略営業室のトップを欧州帰りの純一郎にする事により常務派としてはまずは赤城時代の不透明な経費の面をクリアにしたいという思惑もあった。
純一郎の欧州での報告、人事、国内戦略等会議は続いた・・
会議の途中純一郎はメールの着信に気付いた
妻である涼子からのものであった
「今日は会議だけだから早く帰れる?」
純一郎は会議中でもあったので深くは考えずに返信した
「多分、定時だと思う」
直ぐに涼子から返信が来た
「わかった、帰る前にまた連絡してください」
純一郎の妻、涼子は大学時代の同期で容姿端麗、才色兼備お互い卒業後の就職で遠距離恋愛をも克服し純一郎が関西赴任から本社へ戻ったのを機に27歳で結婚しもう15年になる。結婚するまでとは違い仕事が中心でなかなか家庭的ではない純一郎に熱が冷め、30歳手前で出来た一人息子“新次郎”のお受験に夢を託す毎日であった。
会議は淡々と流れ社長の会議参加の幹部への叱咤激励で終えた。会議を終えると純一郎は軽く社内を回り帰国の挨拶をし、専務室へと向かった。専務室の前では専務秘書である宇佐美香織が不機嫌そうに立っていた、専務秘書とは表向きで用は赤城の女である。
「赤城専務はいらっしゃいますか?」
「在室ですよ、でも直ぐに出掛けるみたいですが、欧州営業部の芹沢さんでしたっけ?」
「はい、そうですが・・」
「聞いておりますので、どうぞ中へ」
そう言って宇佐美香織は専務室の電子ロックを解錠した、「失礼します、芹沢です」
作品名:欲望の果て 作家名:松下靖