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【短編】Lost Our SweetHeart

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『お願いです!ムツキ、連絡をして…。』

 失踪者を探すといった内容のテレビ番組でムツキのおばさんがやつれた顔をして泣いていた。以前のふくよかだった姿は微塵も思い出せない。僕はなんだか悲しくなってチャンネルを変えた。それはおばさんの姿が痛々しくて見ていられなかったと言う部分もあるし、また別の理由もあった。僕が変えたチャンネルでは、夜のニュース番組が流れていた。僕はニュース番組が見たかったのだ。

 ニュース番組では若い女性ばかりを狙った猟奇殺人事件が特集されていた。僕は被害者の女性の顔写真に目を凝らして息を吐く。最近毎日僕はこうしてニュースを見ては溜め息をついていた。被害者の中に、ムツキのあの笑顔はない。少しだけ安心して僕はテレビのスイッチを切り、明日一番のテレビでムツキの笑顔に出会わぬようにと願いながら眠りにつく。そんな日々が少し続いた。

 翌週、恐る恐る付けた失踪者捜索番組ではムツキの友人だと名乗る女性が泣きながらムツキの帰りを請うていた。彼女はムツキがデートマーダーに殺されていたらどうしようとしきりに心配をしていた。

 デートマーダーというのは、先述の若い女性ばかりを狙う猟奇殺人者に対しマスコミが付けたあだ名である。殺されたターゲットとなった女性達は、誰かとデートをするのだと友達などに楽しそうに言って別れを告げ、そしてそのまま生にすら別れを告げる結果になってしまった訳だ。だからデートマーダー。安直だがその別れの存在感は強まった。
 でも、そんな「デートマーダー」だからこそ、僕はムツキに限って彼の手に掛かることはないのではないかと考えていた。なぜならムツキが僕を差し置き他の男と出かける筈もなかったからである。勿論もしやの可能性も考えて日々びくびくしながらニュースを見ている訳だけれど、僕はムツキの友人とやらのあまりの怯えように不審感を抱いた。このひとは何かを知っている。僕は彼女に直接会って話を聞くことを決めた。

 ムツキと僕の通う大学は違っていたけれど、僕はムツキの通う大学と学部も知っていた。生徒のふりをして授業に潜り込むと、ひとりぽつんと端の方に座る女性が視界に入る。あのときテレビではモザイクが掛かっていたけれど、直感した。彼女だ。

「すみません」

 僕が声を掛けると彼女は怯えたように顔を上げる。僕は携帯に残ったムツキの写真を見せ、自分はムツキの彼氏であり彼女を捜しているのだと告げた。途端、彼女の顔から血の気が引くのが見て取れる。顔をこわばらせた彼女の手を引いて、人気のないところで話を聞いた。

「あなたがムツキの彼氏さん……?」

 僕が頷いて名前を名乗ると彼女は僕の名を聞くと突如泣き出した。慌ててどうしたのかと尋ねると、震える手で自らの携帯を差し出す。メール画面に表示されたメールの差出人は確かにムツキのメールアドレスで、簡素に一文だけこう書かれていた。

『ケンジといっしょに行きます。』

 僕は頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。
 僕は、ケンジという名前ではなかった。

「あたし、ムツキの彼氏がてっきりケンジって人なのかと……でも貴方、名前違うよね。どうしよう、ムツキが殺されたらあたしのせいだ……!」
 
 僕はくらくらする頭でなんとか彼女をなだめすかし、逃げるようにムツキの大学を去った。

 ケンジ。ケンジ。ケンジ。
 だれなのだろう。

 心当たりはまるでない。もし、あるとしたら。


 僕はのろのろと電気屋の店頭に置かれたテレビを見つめた。新型の薄い液晶テレビは、本日幾度目かわからぬデートマーダーの特集を映し出していた。