Spinning
Episode.2
無難な高校生活。鬱屈とした対人関係。仕事以上に関わらない教師達。私に関わらない人。誰とも関わらないのは居ないのと同じだろう?
朱と一緒に授業をサボって取り留めのない話をしてから少し距離が近づいて、私は朱が遠くに離れることを願っている。知られたくない過去と想いを隠し通す自信がないから、知られる前に遠のいて欲しいと思う。失望した顔をする前に遠のいて欲しい。そうすれば私は朱を好きなままで記憶に留めて居られる。
帰り道、朱はやっぱり私を律儀に待っていて、隣を歩いている。私はそれを嬉しいと感じて馬鹿だなと思う。
「志穂さん、明日の休みですけどDVD一緒に見る約束を覚えていますか?」
「ああ、来ていいよ。私の最寄駅まで悪いけど来てくれる?着く時間メールくれたら迎えに行くから。」
メールという言葉に朱がほっとした顔をする。必死で恐怖を抑えているのも知っているけれど、朱のメールに付き合うのは苛立ちが募る。卑怯者だから、気付かないフリをする。
帰っても誰も居ない家。一人暮らしというより、家族から隔離するために用意された家。私が破棄された場所。持て余した私を破棄して、金で安心を買った親。隔離されて得た閉塞と安堵。どちらにもメリットはあっても家族には二度と戻れないという事実に一抹の寂しさが心に漂う。それを見ないように私は忙しさで目を逸らす。誰も部屋に上げたことなんて無い。知られたくない。友達は要らない。捨てられるのならもう要らない。朱は私を捨てるのだろうか?私は朱を捨てられるのだろうか?
帰って少し片付ける。散らかる程に物は少ないけれど、どうしても溜まってしまう服や、日頃から片付けられていない洗面所を綺麗にする。明日起きたら朱が来る。たったそれだけで嬉しいから片付けにも力が入る。眠る前、少しだけ将来という夢を見る。朱が私の隣に居る夢を思い描く。虚しくても思い描いてしまう。その度に私は愚かだと思う。
起きたら晴れていたので洗濯機を回す。ついでに布団も干してしまおう。柄にもなく浮かれているから、不安を消す為に日常をなぞる。
そうしているうちに朱からメールが着た。時間に合わせて家を出る。待ち合わせた通りに朱が居て、それだけでほっとする。家へ向かう途中にDVDを借りて、ついでにお菓子も買う。
「志穂さん、お菓子何が好きですか?」
「あまりお菓子食べないから朱が好きなの買って。」
「じゃあ、これとこれでいいか。」
スナック菓子類がカゴに放り込まれていく。
「志穂さんが痩せているのってお菓子食べないからなんですね。」
「お菓子の代わりにタバコ吸ってるし。」
「あ、最近メンソールに変えたんですよね。タバコと香水臭かった前より好きです。」
タバコを買うときに朱の顔が浮かんでメンソールに変えた。気付いてくれた、それだけで嬉しい。
「朱、ここが家。」
「あ、お邪魔します。」
「どうぞ。」
朱が不思議な顔をする。どう見ても一人暮らしの部屋と、玄関の靴が私の履く物以外無い事がよく分からないようだ。
「適当に座って。お茶か何か飲む?」
「あ、お茶で。志穂さんは一人暮らしなんですか?込み入った事聞いてごめんなさい。」
「お茶入れるからくつろいで。高校からずっと一人で暮らしてるよ。だからもう一年は過ぎてるね。」
「志穂さんが積極的に誰かに関わらないのは、それが知られたくないからですか?」
失敗した。私は朱がそこまで興味を持つと思わなかった。
「ただ面倒だから関わらないだけだよ。」
「でも僕とは関わるんですね。」
「お友達、でしょう?」
「志穂さんが無理しているなら、僕はお友達でもそれは悲しいです。」
「まあ、お茶も入ったしDVDでも見ようか。」
DVDをセットして映画が始まる。部屋の明かりを暗くして映画を見る。少しだけ眠い。朱が集中して映画を見ているのを横目で見ながら、ふわふわと意識が飛びそうになる。他人が居るのに心地良い。いつの間にか映画は終わって、朱は目元を赤くして無言でお茶を飲んでいる。
「志穂さん、眠いなら寝たらいいですよ。」
「そこまでは眠くないよ。朱、目真っ赤だから冷やす?」
「そのうち治まるから大丈夫です。」
「感動したの?」
「主人公があまりに孤独で誰かが助ければ良いのに、救いがなくて。」
「そう。」
「志穂さんに少し似ています。」
「私にはお友達が居るのに孤独なの?」
「僕には志穂さんがどうして今の暮らしになったのか分かりません。でも、志穂さんは背筋がいつも伸びていて、それが寂しいです。」
「どういう事?」
「志穂さんは自分へ厳しすぎて、きっと僕を志穂さんに触れさせてくれないのが悲しいんです。」
「朱は私に触れたいの?」
「仲良くしたいです。」
「私が積極的に誰かと関わらないのは、何かと期待されるのは好きじゃないから。朱は私へ期待していないでしょう。」
「僕はただ志穂さんが好きです。」
朱の眼は真剣そのもので、私はこの眼に嘘を吐いてはいけないと感じた。
「私ね、初めて誰かが近くに居て眠くなった。朱は多分私にとって内側に入り込んでいるんだ。だから、きっともう朱を好きなんだよ。」
「志穂さんの好きと、きっと僕の好きは別の物なのが分かっています。でも、知って下さい。僕は志穂さんを異性と同じように好きです。」
「・・・私はまだそれに答えを出せないけれど、私の中で朱が特別なことだけは分かってくれる?」
「僕にとって志穂さんの内側に入り込めただけで幸せです。」
目を真っ赤にしながら朱が泣きそうな顔で笑う。
私は朱を手放したくないと思った。それが友達として手放したくないのか、大切になっているのを自覚したから手放したくないのか、それが分からなくても朱を徐々に好きになる。
私が変質していく。侵食されていく。何によって?朱がもたらす居心地の良さによって。世界に居てもいいと言う安心感によって。
そのうち私達きっとキスもそれ以上の事もするんだろう。それが悪いと思えないから私はまだ朱へ気持ちを伝える事を拒む。