幻想消失
幻想織り
幻想織りは、夕暮れの街角の、電柱の上に立っていた。彼、もしくは彼女は、どう見ても体に合っていない燕尾服を着ており、その燕尾は電柱の半ばまで、だらりと垂れている。あれでは地上を歩くのは大変だろうと女の子は思った。
女の子とパーピリオは電柱の根元から幻想織りを見上げていたが、やがてパーピリオが幻想織りに声をかけた。それは先ほどの泡のような声ではなかったが、女の子が聞いたことのない言語だった。そもそも、人間に発することができるのかどうか、疑わしくなるような言葉だった。そういう言語で声をかけられた幻想織りは、それまで覗き込んでいた遠眼鏡を燕尾服の内側にしまい込んで、鳥のように首を動かしながら足元を見下ろした。そして、二人の姿を確かめたらしく、先ほどのパーピリオの言語で何かを叫んだ。それは、女の子の耳には鳩の鳴き声の如く響いた。
「あの人が?」
「そうだよ」
パーピリオは相変わらず泡のように頼りない言葉で女の子に答え、それから、また幻想織りに向かって、例の言語で二言、三言発した。幻想織りは、その言葉に肯いて、大きく手を広げた。見上げている女の子には幻想織りの身長はよく判らなかったが、その腕がとてつもなく長いことは分かった。それでも、丈の合わない燕尾服の袖口から、幻想織りの手が見える事はなかった。だらりと垂らした袖口が、風もないのに大きく広がり、翼のようにはためいた。
くるっくーぅ
幻想織りはまたも鳥のように叫び、とんとんとリズムを取るように足踏みをした。そして唐突に、自分が立つ電柱の上から飛び降りた。女の子は目を瞑りこそしなかったが、思わず側に立つパーピリオの服の裾を掴んだ。しかし、女の子が予想したようなことは起こらなかった。幻想織りは膨らんだ袖口とひらひら揺れる燕尾でバランスを取りながら、ふわりふわりと降りてきたのだった。
「幻想織りは、幻想を織るんだ。この世の全ての幻想は、幻想織りが織っているんだよ」
幻想織りが音もなく着地すると同時に、パーピリオがそう説明した。幻想織りはいつのまにか元の通りにだぼついていた燕尾服をたくし上げて、燕尾の部分を蝶結びにした。それから、ゆっくりと女の子にお辞儀をした。女の子も返礼し、さりげなく幻想織りの顔を見た。それは紛れもなく鳩の顔だった。