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ネコマタの居る生活 第一話

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 そう言うと、着物姿の猫耳少女は、座布団数枚重ねの上とは思えない程、端然と座した姿で食事を続けた。
「いえ、あのですね……その前に聞いても宜しいですか?」
「ふむ、食事中の会話とはあまり行儀の良い行動とは思えぬが、忙しいお主では無理からぬ話、して何の話だ?」
 別に偉ぶっている訳ではないようだが、自然に偉そうな態度の少女に目を向けて、透は恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「君は……何なの、何でここに居るの?」
 その透の言葉に猫耳少女はきょとんとした表情を浮かべた。
 次いで、視線を宙に彷徨わせてあごの辺りに手を置く。
(何を考えてるんだろ……)
 んー、と首を少し傾けて、眉をしかめる。
(あ、悩んでる悩んでる。)
 ややあって、何かに思い当たったのか、少女はポンと手を打ち合わせた。
 その拍子に耳がピンと一瞬立った。
(連動してるんだ……て事は付け耳じゃ無いんだな)
「もしかして、使者がまだ参っておらなんだのか……では、我がどういう者で、何故とーる殿の護衛に付くという話も聞いておらなんだのか?」
「使者……護衛?」
 思い当たる節が無さそうな透の様子に、少女は済まなそうな表情を浮かべた。
 ついでに猫耳がへなりと萎れる。
(あ、可愛い……じゃ無いだろ自分)
「それは知らぬ事とは言え、我も随分と不調法な真似をした事になるな……相すまぬ事をした、この通りお詫びいたす」
 そう言いながら、彼女は黒髪の頭を深々と下げた。
 謝意が素直に伝わるが、卑しくない頭の下げ方に、隠しようのない育ちの良さを感じて、透はこの猫耳少女に好感を抱いた。
「それでは、改めて自己紹介だけさせていただく、我はアカネコ、ネコマタ一族より、お主の護衛として差し向けられた者じゃ……改めて、当方の手違いで、いたくご迷惑をお掛けした」
「これはご丁寧に、私、須崎透(すざき とおる)と申します。で、今回の件ですが、えーと、アカネコさんの所為ではないようですし、余りお気になさらず」
 アカネコ……赤猫って書くのかな。
「お気遣い忝ないのう、だが食事が済んだら我は一度この家を離れるとしよう。話が付いて居らぬのに居座られては、お主には迷惑であろうしな」
「はぁ……」
 って、ちょっと待て、逆に話とやらが付いたら、この子はウチに居座る気か?
「あのう……もう一つ伺っても宜しいですか?」
「なんなりと」
 端正に座る着物姿が板に付いており、実に美しい。
「そもそも、護衛ってどういう事?」
 透の言葉に、アカネコは僅かに小首を傾げて、しばし無言で彼の顔を見返した。
 若干釣り上がった、深く澄んだ底知れない猫の瞳と、確固たる意志を感じさせる人のそれが同居したような、不思議な目。
 若干気圧される物を感じたが、それでも透は目を逸らさずに、それを見返した。
「ふむ」
 結構な時間に感じたが、実はさほどでも無かったのだろう、アカネコは溜息未満のような息を漏らしてから、膝に手を置いて、透に頭を下げた。
「実は此度の件に関しては、かなり重要な話とかで、我も詳しい話は殆ど知らされて居らぬのじゃ、長老の書状をとーる殿にお読みいただいて、護衛の件を了承して貰うという話でのう……」
 そこで言葉を切って、アカネコは、何処まで話して良い物か思案するように視線を宙に彷徨わせた。
「我が聞いて居るのは、お主が今従事しておる仕事に絡んで身の危険が有る故、護衛をせよという命を受けただけでのう……ああ、無論食事も毒殺の危険がある故、我が作らせて貰ったのじゃ」
 探るような光が、その鋭い瞳に宿る。
「真にお心当たりは無いのじゃな?」
「……無いですね、僕の現在の仕事は環境が人の副交感神経にどういう作用を及ぼすかの調査という、人畜無害の物ですよ。人違いでは?」
「ふむ、左様か」
 僅かな内心の動揺が、表に出て居なかったか不安ではあったが、アカネコの表情や返答からはそれに関しては何も読み取れなかった。
 まさかな、まだ世界でも両手の指で数えられる程度の人しか知らない筈の事を、この変な生き物が知ってる訳が……。
「まぁ、我が護衛に付くという事は、かなりの命の危険が至近に迫っておるという事と同義であるし、確かに人違いの方が良かろう」
 さらっと恐いこと言わないで下さい。
「故にのう、勘違いでは済まぬのじゃが……重ねて聞くが心当たりは無いのであろうな?」
 じっと見つめてくる深い深い黒の瞳。
 陳腐な表現ではあるが、それこそ心の奥底まで覗き込まれそうな目から、透は意識しない内に視線を外しながら、慌てたような口調で否定した。
「あ、有りませんよ。それに、実際にそんな重要な仕事をしているなら、人間の護衛が付いている物でしょう?」
 透の言葉に、アカネコはふむ、と呟いてから軽く肩を竦めた。
「お主がそう言うならばそうなのであろう。では我も片付けを済ませたら失礼致すとしよう……朝からお騒がせしたのう」
「とんでもない、久しぶりに人間らしい朝食でしたよ、こちらこそどうも」
「そう言って貰えれば何よりじゃが……おお」
 顔を上げてにっこりと笑ったアカネコが手をポンと叩いた。
「どうしました?」
「弁当も作ってしまったのじゃ。押しつけがましくて申し訳ないが、持参していただけると幸いじゃ」
「それはそれは……寧ろ有り難い位です」
「左様か、無駄にならずに何よりじゃ、では馳走になった」
「ご馳走様でした」
 
「……ここって何処じゃ?」
 小さなリュックを背負った真っ黒な子猫が路地裏で途方に暮れていた。
 何故か小声ながら、日本語でぼやいている辺りが、怪しい事この上なかったが……。
 なにやら良い匂いに釣られて、赤い門を潜った辺りから先の記憶が怪しい。
「人間界っちゅーところは恐ろしいとこにゃー、誘惑の塊だじぇ……」
 ジューシーな肉まん、こってりしたぷるんぷるんの豚足、絶妙にスープに絡む刀削麺……。
 色々偽装や過剰広告はあるらしいが、目眩く四千年の食の歴史、確と堪能した。
 何故か料理人に追いかけられ、命の危険を感じる羽目になったのが不本意ではあったが。
「金ぐれー払ってやるちゅーに、猫だと思って最初から食い逃げだと決めてかかってやがる」
 失敬なれんちゅーにゃ、と、この変な猫は呟いているが、人間の側からすると、厨房に潜り込んで料理をくすねていた猫に対しては、やむを得ない対応であったろう。
 とはいえ、その逃亡劇によって、自分の現在位置を喪失してしまったのは、使者としては些か問題があったとは思う。
「ニイハルってーとこにゃ、ここからどう行けばいいにょやら……」
 とりあえず、現在位置が判れば、地図は持っている事だし何とかなる。
「迷惑掛けるから、あんまやりたくねーが、ちと知恵を借りるけ」
 しょーもにゃーな……と呟いてから、子猫はすっと息を整えて、ビルの狭間から天を見上げた。
 にぁーーーーーーぉぅ。
 人間族の耳では、感知できるかできないかだが、猫には判る高い鳴き声が、ビルの谷間に吸い込まれていくように拡がっていく。
 都市の狭間に住まう住人達の耳だけに届くように。
「さて、誰か知ってればいいんにゃけど」
 ヒゲをピンと立てた子猫が路地の突き当たりの壁を背に、しゃきっと立つ。