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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 霧沢が五十歳の時、愛莉は二十二歳になっていた。大学を卒業し、西陣織のデザイナーとして勤め始め、社会人としての第一歩を踏み出していた。
 また遼太は大学へと入学し、キャンパス生活をエンジョイし始めていた。そして霧沢自身も働き盛りを迎え、仕事に一番油が乗っていた。
 霧沢と妻のルリ、それに子供たちの愛莉と遼太、この四人の家族は黙々と前に向かってそれからも進んでいく。
 そしてその後も平和な日々を一日一日と刻み、歳月は大過なく流れていく。

 愛莉はそのセンスの良さから、伝統ある西陣織に新世代の新しい風を吹き込み、世間からも注目を浴びるようになった。また遼太は大学を卒業し、地元優良メーカーに就職した。サラリーマンとして働き出したのだ。遼太も立派に育ち、なかなかの好青年となった。
 今、この四人家族の暮らしは順風満帆で、まるで晴れ渡った初夏の海原を、白い帆に薫風を集め、流麗に走り行くヨットのようだ。

 かって京都駅のプラットホームで、霧沢とルリは一分という短い時間差の中で、離れ離れになるところだった。だが霧沢は、あの時博多への新幹線に乗り込まなかった。
 あの一瞬の決断、それは間違っていなかったのだと最近思う。そして霧沢とルリは、その結んだ赤い糸を縺(もつ)れさせず、また切ってしまうこともなく、それからも慎ましく暮らしていく。
 そして時は止まることもなくさらに流れ、霧沢は五十八歳となった。

 振り返れば三十六年前の二十二歳、大学を卒業し、海外へと羽ばたいた。そしてそれ以降、あまりにも速く人生という旅路を走り続けてきた。それを今思えば、白駒の隙(はっくのげき)を過ぐるが如し、一瞬の出来事だったようにも思える。
 後一年半もすれば定年退職となる。そこから第二の人生が始まるのだ。
 たとえ再就職するにしても、仕事の第一線からは身を引くことになる。後の人生はゆっくりとした歩調で歩みたい。そして楽しみたい。
 霧沢はまだ具体的に何をしようという案は持ってはいなかった。だが朧気(おぼろげ)に、ルリと二人でのんびりと、絵でも描いて暮らしていこうかとも思っていた。

 そして季節はまた巡り行き、五十八歳の秋も深まった。ふらっと訪ねた京都御苑(ぎょえん)の大きな銀杏の木、それもすっかり黄色く色付いていた。もうすぐ冬の訪れを知らせる風が吹き、それは葉を散らし、地上を黄金色の世界に変えていくことだろう。
 そして時はさらに瞬刻を刻み重ね、慌ただしい師走へと移ろいつつあった。
 そんな頃に、また事件は起こったのだ。

 老舗料亭・京藍の女将、花木桜子が熱海温泉に向かう新幹線こだまの車中で殺害されてしまった。
 そんなニュースが霧沢の目に飛び込んできた。霧沢は腰が抜けるかと思うほど驚愕仰天した。

 そして思い出したのだ。それは遡ること二十八年前の出来事だった。
 宙蔵がマンションで事故死し、続けて洋子が首吊り自殺をした。そんな悪夢がまざまざと蘇ってくる。
 それらに加えてこの現下、今度は桜子が殺されてしまったと言う。
 そして、この事件でさらに、滝川光樹と桜子の関係は長年続いていたことを知ることにもなったのだ。