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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 霧沢は青薔薇二輪の絵を抱え、タクシーで京都駅へと急ぎ駆け付けた。
 ルリは午後七時五三分の新幹線で東京へ帰ると言う。しかし残り三十分しかない。果たして逢えるかどうかわからない。

 だが幸運にも、霧沢は駅の中央ホールの隅で時間待ちをするルリを見付けた。息を切らし霧沢は駆け寄った。
「あらっ、霧沢君、どうしたの?」
 ルリからは意外にもあっさりとした返事が返ってきた。霧沢は出張で博多に行く、そのために今夜同じような時刻の新幹線に乗るとまずは伝えた。そして改めて「元気にしてた?」と軽く訊いてみた。
 それに対し、ルリは「私、もちろん元気だったわよ、霧沢君も元気そうで良かったわ。お仕事忙しいんでしょ、霧沢君のことだから、頑張ってるのでしょうね」と明るく返してきた。その後、霧沢は小脇に抱えて持ってきた絵を指差しながら「この青薔薇の絵、ありがとう」と礼を言った。ルリはそれを受けてか、少しはにかみながらさらりと言う。

「霧沢君も日本へ帰ってきたし、逢いたい時にまた逢えるから……、私、東京に戻るわ。それでもうその絵、必要なくなったの。できたら大事に飾っておいてね」
 さらにルリは、はきはきとした口調で。
「私、京都でもう充分暮らしたわ。だから、これからは東京でお仕事を探して、画家になる夢を実現するために、もう一度出直してみたいの。新しい旅立ちよ」
 霧沢はルリからのこんな言葉に、ルリの強い決意を感じた。そして、その気持ちを大事にしてやりたいと思う。

 しかし、それはそう自分で推し量り過ぎているのかも知れない。そんな迷いのせいなのか、「どうしても東京へ帰ってしまうんだね」ともう一つ歯切れが悪い応答となってしまった。
「霧沢君、もういいのよ、あの時もそうだったから。私とは違う夢を追い掛けて生きていくのが好きなんでしょ、それで八年間も行方不明になるんだから……、さっ、もう時間がないわ、行きましょ」
 ルリはそう言って、学生の頃と同じように少し弾んだ調子で歩き出した。その時、霧沢は初めて気付いた。
 ルリが溌剌と輝いていたあの学生時代、なぜか霧沢の前だけを、ルリはまるでスキップをするように跳ねて歩いていた。あれはひょっとすると、若い乙女の恋の意思表示だったのかも知れない。
 そして今、ルリは同じような振る舞いをしている。しかし、それも束の間、すぐに霧沢の前をきりっとした顔付きでカッカと歩き始める。

 発車までもう時間がない。時は二人の別れに向かって、容赦なくどんどんと流れ去っていく。霧沢にもルリにも、この時間を止められない。
「霧沢君、元気で暮らしなよ、……、バイバーイ!」
 ルリは戯(おど)けたように霧沢に声を掛け、大きく手を振ってくる。そして上りプラットホームへのエスカレーターに飛び乗り、後ろを振り返ることもなく上がって行った。
「うん、そうだな、またすぐに……、いつの日にか」
 霧沢はルリの背中に未練が残る言葉を投げ掛け、下りのホームへと急いだ。