紺青の縁 (こんじょうのえにし)
しかし、「愛人関係にもあった桜子、それなのになぜ龍二は、そこまでして桜子を殺めなければならなかったのだろうか?」と、その本質に眠る龍二の強い動機がわからない。
霧沢はしばらく取り留めのない思考を巡らせていたが、三十年前のいろいろな出来事の始まりの頃のことをぼんやりと思い出した。
あれは宙蔵の四十九日が終わって、霧沢は京藍の桜子を訪ねた時のことだった。その時、桜子は悲しみを吹っ切るかのように、「いつまでも悲しんでられないわ、知ってはるでしょ、私の性格、欲張りなのよ。何でも独り占めしたいの」と言っていた。
霧沢はこれを聞いて、その時はひとまず安心したが、そこに桜子の歪んだ意志を感じたことを憶えている。
そして霧沢は今思うのだった。結局、桜子は龍二ではなく、京藍をいつまでも独占しておきたかったのではなかろうか。
そのために、たとえ龍二が愛人だとしても、自分からは一歩遠ざけて真由美と結婚させたのだと。
さらに龍二との間では、息子の純一郎を設け、自分の跡継ぎだけは作った。
霧沢はこんな思考をここまで巡らしてきて、はたと気付くのだった。
なぜ真由美は洋子のように殺されなかったのか?
そんな疑問に対しての答を。
それは結局、桜子と龍二の仲のカモフラージュ役として真由美は利用価値があり、かつ一方で、龍二を京藍に直接的に近付かせないための桜子の策略だったのだと。
一方龍二の方はどうだったのだろうか?
霧沢が一週間前に会った真由美、その語り口調は淡々としていたが鋭く評していた。「龍二なんやけど、桜子さんとは真っ向から目的がぶつかり合ってたんよね。龍二の人生全部がね、京藍を自分のものにするためのものだったんよ」と。
ひょっとすると、こんな強い野心を持つ龍二でさえも、桜子の凄まじい独占欲に弾き飛ばされそうになっていたのかも知れない。
尽きるところ、龍二と桜子は長年愛人関係にあったが、互いに京藍を自分のものにしたいと思う強欲のために、年月を経て、愛人から強敵へときっと変わって行ったのだろう。
そして、龍二にとって、桜子はまさに邪魔者になってしまったのだ。
霧沢はここまで思考を進めてきて、「すべては、嫁と義弟の老舗料亭・京藍を奪い合う戦いだったのか」と呟き、「ふう」と深い溜息を吐く。
「仲間たちがキラキラと輝いていた学生時代、みんなは縁あって出逢った。だけど、それに人間の醜い欲が絡み合ってしまったんだ。それで縁は捻れてしまい、実に不幸なことになっていったんだろうなあ」
霧沢はそんなことをつくづくと思った。その後、「それにしても、なぜ、こんなおぞましい戦いの場になってしまったんだよ、これが俺たちの宿命というものだったのかなあ」と嘆き、もう一つ呻き声を「うー」と発っしてしまう。
そして、「そう言えば、初めてルリを抱いた夜、ルリは確か言ってたよなあ、新たな宿命をちょうだいって。それはこういう宿命の渦巻きから救って欲しいということだったのかなあ」と、霧沢はこの還暦の歳になって初めて思い知るところとなったのだった。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊