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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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「霧沢君、アナタ何言ってるのよ、八年間もずっと行方不明になってたくせに。あの時だって、指一本触れてくれなかったじゃないの」
 ルリが不機嫌になる。
「えっ、そしたら、今からでも、指十本、どうお?」
 霧沢は少し言い過ぎたかなと反省し、ルリの機嫌を直そうと戯(おど)けてみせた。

「バーカ、そんなの、もう完全に、手遅れよ!」
 ルリはなぜか涙目になる。霧沢は、折角久し振りにルリと再会したのに、実にまずいことを言ってしまったと後悔した。そしてルリと一緒に刻んだ想い出へと話題を振るのだった。

 あの頃、この薄暗いジャズ喫茶店の窓際の席で、二人でふざけ合いながらよく話し込んだものだ。その時代へと、まるで逆戻りしたかのように、二人の談笑は際限なく続いていく。
 二十歳前後の年代にワープしてしまった霧沢亜久斗とルリ。ジャズのメロディーがこんな再会を祝しているのか、二人を包み込むように哀愁を滲ませながら流れてくる。
 そしてそんな一時に、誰かが気を利かせてくれたのだろう、ヘレン・メリルの哀愁のある歌声が……。
[ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・トゥ(You'd Be So Nice To Come To)]が流れてきた。
 ルリはそのメロディーを全身に浴びるかのように上半身を仰け反らす。
「霧沢君、私、この歌詞のように思われてみたいと思っててね、この歌が……好きなのよ」

 霧沢もこの歌が好きだった。以前にどんな歌詞なのかと思い、自分で和訳してみたことがある。
 そして今、その歌詞が頭の中を過(よぎ)ぎっていく。

 君が帰りを待っていてくれたら、それは最高
 暖炉のそばに君がいてくれたら、それは素晴らしい
 熱いおしゃべり、だけどそれは子守り歌のように
 ずっとそばにいてくれる、それが僕の望みのすべて

 冬の凍てつく星々の下であっても
 八月の燃え輝き上がる月の下であっても
 君がいてくれたら、それは最高
 まるで楽園のように

 きっと帰ろう
 そして君に愛を

 霧沢はそんな愁いあるメロディーを背に受けながら、ルリがいるジャズ喫茶店を後にしたのだった。