紺青の縁 (こんじょうのえにし)
昼間、遼太の小説で、霧沢は少し動揺した。そしてその夜、霧沢は夕食の後に妻のルリにそっと訊いてみる。
「ルリ、同窓会からの帰り、沙那さんと一緒だったと言ってたよね、そうだったの?」
「そうよ……、多分ね」
ルリはどうしてそんなことを突然に聞くのという表情となる。だが霧沢はルリの答が曖昧で尋ね返した。
「多分ねって? 事情聴取では、一緒にいたと証言してたよな」
「だって、その時はそう思ったんだもの。私、品川駅を出て、疲れていたのでしょうね、すぐに寝込んでしまったわ、名古屋駅辺りで目が醒めた時、彼女は横にいたし、眠っていた時も横に座っている気配を感じてたわよ」
霧沢は「そうなの」と答え、「それで、沙那さんは、何か言ってなかったか?」とさらに問う。
「そうね、桜子が殺されてしまった日、京都駅に着いてから別れる時に、沙那はうっすらと涙ぐんでたわ。だから私がどうしたのと訊くと、心配しないでね、また何とかするからと言って帰って行ったわよ」
「ふうん、そんなことを言ったんだね」と、霧沢は考えを巡らせる。そして、「沙那さんは、最後に、また何とかするからと言ったんだろう、それってどういう意味なんだろうか?」と、ルリを事情聴取しているようだ。
「私もよくわからなかったのだけど、今考えてみるとね、二年ほど前に沙那がここへ遊びに来たことがあるのよ。そうだわ、桜子の事件の半年前で、愛莉が結婚する一年前のことだったわ」
霧沢はこれを聞いて、昼間に遼太が「大輝兄さんのお母さんが、二年ほど前に遊びに来られててね」と話していたことを思い出した。その時のことだろうと思い、「それで?」とルリを急かした。
「あなたは知らなかったでしょうけど、その頃すでに大輝さんと愛莉の二人はもう結婚を誓い合っててね。沙那がこっそりとね、愛莉を頂きたいと、私に確かめに来たのよ」
「ほー、そんなことがあったのか」と霧沢が驚くと、ルリはいつになく真剣な眼差しをして、しみじみと話す。
「沙那がね、夫の光樹は気が良くって、まじめで、噂されているような桜子さんとの不倫関係はないわ。その代わりに借金を抱えていてね、その見返りに、単に桜子さんの悪事の隠れ蓑にされてきただけなのよ。だけどそのために、不幸な出来事にも関わってしまった風にもなってしまったわ。信じて欲しいの、私たちは宙蔵さんや洋子さんの出来事に直接的には何も関与していなかったのよ。……、そんなことを沙那が言い始めたのよ」
霧沢は「ふうん、そうなの?」と出来るだけ理解しようと脳細胞を絞っていると、ルリはそれに構わず続ける。
「それから沙那はね、私たちの名誉も回復させたいのだけど、光樹は少なからず桜子さんに利用されてきたのは事実だし、結局、間接的には関わってしまったことなので、その罪滅ぼしで……、これからは私たち夫婦が……、息子のお嫁さんになってくれる愛莉さんに幸せを作って上げないとね。そんなことを沙那が言って、私の手を握って、ここで大泣きしたんだよ」
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊