風花が舞う日
両親の精神状態がやや治まった頃、春奈・百恵姉妹が両親の前に立ち、本日の登山同行者と名乗り出た。
「はじめまして、私、今日の山行でご一緒していました、菖蒲春奈と申します」
「お姉さんの春奈さんね」
イトはいつもの落ち着きを取り戻していた。
「はじめまして。私、妹の百恵です。お父さん、お母さん、ゴメンナサイ!許して下さい!」
百恵は両親の前で、はじめて号泣した。
「あぁ、あなたが百恵さんね。聞いていましたよ。鉄平のお嫁さんになる女(ひと)だって」
「エッ!お母さん!今、なんとおっしゃいました!」
「あら、ご本人のあなたが、まだ知らなかったの?」
「・・・・・・・」
百恵は絶句した。その両の瞳に、新たな涙がみるみる溢れ出てきた。
彼女はいきなり踵(きびす)を返すと、外に飛び出して行った。春奈がその後を追う。
百恵は、駐車場の真ん中で、走ってきた態勢のまま、身を投げたように倒れ伏し泣いていた。右のコブシで地面を叩きながら、
「鉄平さんの馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
と叫んでいる。
春奈は黙って傍らに立ち、妹が気の済むままにしていた。
百恵は、泣くだけ泣くと、起き上がろうとする。春奈が手を貸し、服の汚れをはたき落してやり、傍のベンチに腰を下ろす。
「ハル姉も知っていたの?」
「えぇ、知っていたわ。私が一番最初でしょうね。鉄平さんに新宿に呼び出され、告白されたわ。モモちゃんと結婚したいって。私、ショックだった。でも、妹のあなたなら許してもいいかなって思ったわ」
「二人だけで会ったあの日ね」
「アラッ!モモちゃん知っていたの?」
「鉄平さんからハル姉に、手紙届いたの知ってた。気になって、生れて初めて盗み見しちゃった」
「まぁ、そんなはしたない。だから、罰が当ったのね。もう、今となっては取り返しがつかないけど・・・」
「なぜ鉄平さんは、私にだけ内緒にしてたの?」
「男のロマンチストだって言ってたわ。とにかくモモちゃんをビックリさせて、喜びを何倍にも大きくしたいとも言っていたわ。その舞台が、今日のバースディ登山だったの。ゴールの妙義神社の神前で、エンゲージリングをあなたの指に・・・・。ポシェットの中に大事にしまってあるはずよ」
「・・・・・・」
「ごめんなさいね。とにかく、厳重な緘口令を言い渡されていたから」
「せめて、あの現場で教えてくれれば・・・」
「ダメよ!そんなこと言ったら、モモちゃんは直ぐにも鉄平さんの後を追っていったでしょうから」
「私も一緒に死ねばよかった。こんなに辛くて悲しい思いをするのだったら・・・」
「あなたは生きて、これから鉄平さんに、償いをしなければならないわ。覚悟を決めなさい」
「なんて私は馬鹿なんだろ」
「それより、男性のロマンチストっていったいなんなのかしら?夢のようなお芝居なんかしなければ、二人は幸せに結ばれていたのに。私たち女性はリアリストだから、永遠に理解出来ないのかも知れないわね」
「誤解していて、こんなこと言えた義理ではないけど、私にはなんとなく鉄平さんの気持ちが分かるような気がするわ」
と言う百恵は、憑き物が落ちたような、爽やかな顔つきに戻っていた。
「そうね。モモちゃんは男勝りのとこがあるから。さぁ、皆さんのところに戻りましょ」
「いえ、私はこれから警察に自首して出ます。後はハル姉に任せますから、よろしくお願いします。姉さん、迷惑をかけてゴメンナサイ」
立ち上がった百恵は、春奈に深々と一礼すると、しっかりとした足取りで歩みはじめた。
「百恵・・・」
今年は冬の訪れが早いのか、平地でも白いものがヒラヒラと舞っていた。
-完ー