グランボルカ戦記 3 蒼雷
「街の内側から、こちらに呼応してくれている将兵が門を開けてくれる手はずになっておりますし、何よりアレクのいない今が絶好の機会。」
グラールの執務室で、開口一番アリスがそう言って笑った。
「そういうわけですので、明日にでも出兵しましょう。」
「待ってくれアリス殿。我々はまだ何の準備もしておらんのだ、そもそもアミサガンが今一体どういう状況かというのもよく解っていないというのに、明日にも出発して攻めるなどと・・・なあ、アンドラーシュ殿。」
アリスの言葉に驚いたグラールがそういって困ったような表情でアンドラーシュに助けを求める。
「まあ、確かに準備が必要と言うのは全くグラール殿の言う通りではあるけれど、アリスの言うように総大将のアレクシスのいない今が、アミサガンを攻める絶好の機会というのもまた事実ではあるんですよ。なに、アミサガンまでは4日ほどですし、食料や水の補給は途中でリュリュ領の村を襲って済ませればよいではないですか。どちらにしろアミサガンを手に入れればこちらのものになるのですから。」
「いや、それはならん。それでは略奪だ。それだけはいかん。」
そう言って机を叩くグラールを見てアリスはくすくすと笑いをこぼした。
「おかしなことをおっしゃいますね。略奪してもしなくても、結局は同じ事でしょう。陛下に与してアレクシスと戦うということは、最終的にはゴブリンやコボルトなどのデミヒューマンを増やすことになりますし、そうすれば人間の村は襲撃を受けることが多くなる。デミヒューマンに奪われるくらいなら、いっそ今奪って使わせてもらったほうがいいではないですか。・・・それとも、陛下に与するというのは実は本心ではないのですか?」
「む・・・そ、そんなことはない。ただ、略奪などしたら事情を知らぬ兵の中に動揺が広がる恐れもあるではないか・・・な、なあアンドラーシュ殿。」
アリスに含みのある言い方をされて返答に困ったグラールは、アンドラーシュに助けを求める。
「そうですね。・・・アリス、そういうことだから少し待とう。どうせアレクシスは、しばらくは船の上だ。準備もせずに攻め、て失敗でもしたらそれこそ相手に準備をさせる時間を与えてしまうからな。」
なぜこちらに話をふるのか。そんなことを思いながらも、アンドラーシュは一応グラールに助け舟をだした。
「アンがそう言うのならそうしましょうか。そうですね・・・では、3日後、出立ということでどうでしょうか。」
「そ、それならなんとか。」
アンドラーシュの意見を取り入れたアリスの提案に、グラールが頷く。
「そういえば、グラール殿、ジュリア様とユリア様をお見かけしませんが、どうされました?」
「つ、妻と娘はその・・・少々グランパレスに・・・・・・。」
「ふむ・・・この時期にアレクシスの街にわざわざ?」
「い、いや。違う。リ、リシエール。そうだ、リシエールの義兄上のところに帰っておってな。」
あからさまに取り乱すグラールを見て、アリスとアンドラーシュは視線をかわすと、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「そうでしたか、せっかくですし挨拶をしたかったのですが、残念です。」
「う・・・うむ。すまないな。」
「いや、気にしないでください。では、我々は部屋に戻っておりますので、何かあれば遠慮無く呼んでください。」
そう言って立ち上がると、アンドラーシュはアリスと共にグラールの執務室から退室した。
「さて、どう思った?」
廊下を少し進んだところでアンドラーシュが口を開いた。
「そんなこと、私に聞くまでもないでしょう。あの人は嘘をついています。」
「・・・ってことは決まりだな。」
「ええ。・・・ところでアン。あなた普通に喋れるのね。」
「・・・さすがに、真面目な話をする時に遊んでいるわけにもいかないでしょ。」
アリスに指摘されて、アンドラーシュが少しだけいつもの口調に戻る。
「できるなら、普段から普通に喋ればいいのに。そっちのほうが素敵よ。」
「知ってるよ。」
臆面もなく言ってのけるアンドラーシュの言葉を聞いてアリスが肩をすくめた。
「まさか肯定されるとは思わなかった。」
「何言ってんのよ。これでも若い頃は数々の浮名を流したものよ。」
「それこそ知ってるわよ。養母さんや皇妃様、それに陛下からも聞いたもの。実際、わたしが陛下に拾われたばかりの頃は、幼ないジゼル様を放ったらかしてそういうこともしていたみたいですし。」
「あらーん、そんなとこまで見てるなんて、もしかしてアリスったらアタシのこと好きなのかしら。」
アンドラーシュがクネクネとしながらアリスを挑発するように言うが、アリスは怒るでも照れるでもなく、平然と笑顔で頷いた。
「ええ、好きよ。知らなかった?」
「え?」
アリスの態度に、アンドラーシュが普段のおちゃらけた表情からおもわず素の表情へと戻る。
「アンも、クロエも、アレクも、カズンもルーもね。もちろん養母さんや皇妃様・・・それに陛下も。」
「・・・そういう意味かよ。」
眉をしかめてため息をつくアンドラーシュを見てアリスがコロコロと笑った。
「あら、どういう意味だと思ったの?」
「お前の考えてる通りの意味かと思ったよ。・・・まあ、そういう意味ならアタシだってあんたの事好きよ。」
「そう。・・・そういう意味なら。ね。」
アリスはそう言って、少しだけ悲しそうな色を含んだ笑いを浮かべた。
「自分で話を振っておいて、何シケた顔してんのよ。もしかしてアンタ、自分はどうせ誰からも愛されないとか青臭いこと考えてるんじゃないでしょうね。」
「・・・・・・。」
「まあ、アリスの場合他人との間に壁を作るから、愛する方もしんどいかもしれないけど。」
「わたしはそんな・・・」
「アリスにそんなつもりがなくても、そうなのよ。一見無警戒で近寄りやすいんだけど、ある一定の所から先は誰にも踏み込ませないような雰囲気があるの。ま、それがモテモテのアタシとモテないアリスの違いかしらね。」
「・・・・・・アンのくせに。」
アンドラーシュの言葉を聞いて、アリスは口をへの字に曲げて睨むようにして彼を見た。
「そう睨まないの。・・・・・まあ、意外と世界ってのはやさしくできているもんだから、お前がタブーだと思って抱えてる物とか話してみるとあっさり受け入れてくれる奴もいるさ。なによりもお前はまず、仲間を信頼することだな。何でも一人でできちゃうし、その分みんなから頼られがちだから言い出せないのかもしれないけど、辛いなら辛いって言っていいんだぞ。無駄にでかいからって、自分の胸の中になんでもかんでも溜め込めるわけじゃないんだからな。」
そう言ってアンドラーシュは笑いながらアリスの鎖骨のあたりを人差し指でトントンと叩いた。
「・・・セクハラ。」
アリスはそう言って眉をしかめるが、アンドラーシュは全く気にもとめずに嘯いた。
「あらん、アタシは心は乙女なんだから問題ないでしょう?」
「四十過ぎたオジサンが自分で乙女っていうのもどうかしらね。」
「・・・あんた、最近本当に容赦ないわね。」
「アン相手に遠慮なんかしても仕方ないでしょ。それとも他人行儀のほうがお好みですか?侯爵様。」
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一