グランボルカ戦記 3 蒼雷
2章 確執
「ふむ・・・なるほどのう。兄様がお主を重用するのもうなずける。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
会議の場で、カズンのまとめた資料を読み終わったリュリュが関心したようにつぶやき、カズンはその言葉を受けて、敬々しく頭を下げた。
「リュリュは、兄様が戻られるまで、このカズンの案にそって、外敵にそなえようと思うが、皆はどうか。」
アレクシスもアンドラーシュも不在のため、全軍の指揮権を持つリュリュが会議に出席している面々を見回して、尋ねる。
出席している人間のほとんどは、リュリュと同じ感想をもったのだろう、とくに異論のある素振りはみせなかったが、一人だけ声はあげないものの、不愉快そうに腕を組んで目を閉じ、眉をしかめているものがリュリュの目に止まった。現在アレクシスの一番の軍師を務めるカズンの前、さらには前任であるアリスよりも昔からアレクシスの元に使えてきていた老軍師のソンだった。
「ソンよ、何かカズンの案に反対か?」
「・・・いえ。そういうわけではありませんが・・・。」
「なんじゃ、歯切れが悪いのう。言いたいことがあれば申してみよ。」
リュリュに促されて、ソンが立ち上がり、カズンの作った資料を掲げながら、口を開いた。
「は・・・では恐れながら。まず、ここ。正門の守りが薄く、これでは一点突破された時にたやすく正門を抜かれてしまいます。」
そう言って、ソンが指さしたところを見て、リュリュは大きなため息をついた。
「ソン、お主大丈夫か?」
「は・・・・・・?」
リュリュの言葉に首をかしげるソンに、バカにしたような笑いを浮かべながらカズンが先ほどした説明を繰り返す。
「私は、そこは囮ですと申し上げました。そのために、門と街を囲む壁の中の隠し部屋に兵を配備することもお話ししたはずです。」
「む・・・・・・むぅ・・・そうであった・・・か。」
カズンの説明を聞いて、ソンは顔を真っ赤にして椅子に座る。
「前々から思っていたのですが、ソン殿はそろそろ引退してはいかがですか。アミサガンの街の構造すら調査されず、人の話も聞けないようではこの先、軍師としてやっていくのは苦しいでしょう。世界の事は私やアレクシス様に任せ、隠居してお孫さんと一緒に暮らされるというのも悪い選択ではないでしょう。」
「貴様、ワシを年寄り扱いするか!」
「そんなつもりはありませんよ。ただ、慣例だの世襲だので、仕事をされるのは迷惑だと申しているのです。」
激昂して机を叩くソンとは対照的に、カズンは冷笑を浮かべながらあざ笑うかのような口調で言う。
「ぐ・・・ぬぬ・・・・アレクシス様が拾ってきた貴様を誰がそこまで育て上げてやったと・・・。」
「それには感謝しておりますが、今は非常時。過去の実績だけで地位にしがみつかれても、正直迷惑なのですよ。反論があるのであればどうぞ。」
「やめよカズン。ソンも落ち着け。他に意見がなければこの場は閉会とするが、他にはないか?」
リュリュがそう言って見回すと、今度こそ誰にも異論はないらしく、ソン以外には特に不満そうにしている人間もいない。
「よし、では閉会とする。各将、軍師は自分の部隊へ作戦を伝達すること。作戦は明日から早速実施じゃ。」
夕暮れ時、町外れの小さな宿屋の廊下で、老人があたりの様子を伺っている。老人はあたりに人の気配がないことを確認すると、ある部屋の扉を控えめにノックした。すると、部屋の中から小さな声で「誰か。」と短く返答が帰ってきた。
「ワシじゃ。ソンじゃ。」
ソンがそう名乗ると、内側から扉が開かれ、中から出てきた同じく初老の文官がソンを部屋に招き入れた。
部屋の中の円卓には十数人の武官と文官が座っている。中には、先ほどの会議に出席していた顔もチラホラと見受けられた。
残りの武、文官もこの連合軍になってから、能力不足などの理由で降格させられたり、冷や飯を食わされた人間だ。
「先程は災難でしたな、カズンの奴め、アレクシスに気に入られているからといって、調子に乗りおって。」
「まったくだ・・・あの小僧、軍略の何たるかを教えたワシのことを軽視しおってからに。」
「まあ、それもこれも、もうしばらくの辛抱です。」
そう言ってソンに笑いかけると、老文官は薄暗く照明の落とされた部屋の中で口を開いた。
「ソン殿のおかげで我々はアレクシスの腹心であったアリスを得ることに成功し、アレクシス不在の今、この時ついに奮起することと相成った。すでにアリスは陛下の義弟であるグラール侯爵の元へ我々の密書を持って発った。アレクシスめが戻る前にはグラール様の軍勢がこの街へと攻めてくる手筈じゃ。」
文官の言葉を聞いた部屋の中の人間からはどよめきが漏れる。
「静かに。我々はすべての門を開き、城壁の隠し扉を潰してグラール様の軍勢を招き入れる。そしてこの街を占領後、何も知らずに間抜けヅラで戻ってきたアレクシスを抹殺し、エーデルガルドとリュリュ皇女を陛下に献上する。そうすれば我々は陛下の信頼を得て、再び時代の表舞台へと舞い戻ることができるのじゃ。」
怪しく笑う老文官の言葉を聞いて室内のどよめきは、ざわめきへと変わり、最後は拍手と歓声へと変わった。
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一