グランボルカ戦記 3 蒼雷
アンドラーシュが、自分の領から送られてきた書類に目を通していると自室のドアがノックされた。
「どうぞ。あいてるわよ。」
アンドラーシュが手を止めてそう返事をすると、アリスがドアを開けて入ってきた。
「あれ、髪が長い。」
「長いも何もいつもどおりでしょう。で、何の用?あんたと違って忙しいんだけど。」
「別に用というほどのことではないのだけど。」
アリスはそう言ってアンドラーシュに近づくと、後ろに回って肩を揉み出した。
「侯爵は最近、お仕事の根を詰めすぎのご様子ですし、たまにはサービスをして差し上げようかと。」
「ちょっと何よ?何かおねだり?そういうのは自分の上司にしなさいよ。」
かれこれ十五年程になるアリスとの付き合いの中で一度もなかったサービスを訝しがってアンドラーシュは釘を指すように言った。
「あら、別におねだりというわけではないんですよ。ただ、ちょっと教えて欲しいことがあって。」
アリスはそう言ってにっこり笑うとおもむろにアンドラーシュの髪を引っ張った。
するとアンドラーシュの髪はズルリと頭からずり落ちて、ウィッグの下から短い自毛が姿を現した。
「・・・やっぱり。どういうつもりか教えてもらえるかしら。」
「どういうって・・・。いや、特に意味はないんだけどな。この間ルチアが、『次に会う時までに髪を切っておかなかったら全部剃る』とか言っててさ。それでまあ、一応切ったんだがこの長さで化粧をするのは違和感があるからな。もう少しこなれるまで、コソコソと出かけてるんだよ。」
「堂々と出歩きなさいよ。男なんだから。」
「いや、でも今更皆の前ですっぴんとか、なんか恥ずかしい。」
「乙女ですか!・・・もしかしてそれでオリガに偽名を名乗ったの?」
「あら、さすがアリス。もうそのことまでバレちゃったのね」
「そりゃあ、あんなにわかりやすい偽名もないもの。」
「あら、そんなにわかりやすかったかしら。」
「わかりやすいわよ。アンドレアスって、リシエール語で書くとグランボルカ読みでアンドラーシュになるじゃない。全く、叔父も甥も揃って同じロジックの偽名ってどういう事よ・・・。」
「まあ、うちは元々の所領がリシエールに近かったからな。姉さんもリシエールに遊びにいくときは同じような偽名を使ってた事があったし、アレクは姉さんに習ったのかもね。」
アンドラーシュはそう言って、リュリュを産んですぐに亡くなった姉の顔を思い浮かべて笑った。
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一