グランボルカ戦記 3 蒼雷
「クシュン!・・・うう・・・何かさっきからくしゃみが止まらないわね・・・。」
「風邪ですか?もしよかったらその・・・僕のベッドで横になってて下さい。」
先程から何度となくクシャミを繰り返すアリスを気遣ってユリウスがベッドをすすめるが、アリスは首を横にふった。
「どうせ誰かが噂でもしているんでしょう。くしゃみが止まらないだけで、別に具合が悪いわけじゃないから大丈夫よ。それより手を止めない。次の戦いまでに軍師として戦場に立てるようになりたいなら、やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだから。」
そう言ってアリスがユリウスを注意した時、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ユリウスが返事を返すと静かにドアが開いてジゼルとオリガが顔をのぞかせた。
「アリス、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。」
「あら、どうしたのジゼル。それにオリガも。」
「私達に化粧を教えて欲しいの。」
「お化粧?たしかにオリガは少ししたほうがいいと思ってたけど、でもジゼルは普段してるじゃない。」
「ちょ、ちょっとアリス?」
「なあに、オリガ。」
「なんで君はジゼル様を呼び捨てにしてるんだ。」
「だって、ジゼルがそれでいいって言うから。ねえ、ジゼル。」
何をいまさら、といった風にアリスがジゼルに同意を求め、ジゼルもそれに頷き返した。
「そうね。オリガも人前でなければ別に呼び捨てでかまわないわよ。」
「そ、そんなことできません。」
「同年代だし、別に気にしなくていいのに。だいたい、あなたエドの事はエドって呼ぶじゃない。」
「それはその・・・彼女の場合はずっとそっちで呼んできたわけですし、それに何より、ジゼル様は私の上司です。」
「上司だからこそ、この先長い付き合いになるんだし、プライベートでまでいちいち様を付ける必要なんてないわよ。」
「そうよ。本当にオリガって真面目よねえ。そこが可愛いところではあるんだけど。・・・それで、何でしたっけ?お化粧を習いたいんでしたっけ?」
「お願いできるかしら。」
「構わないわよ。じゃあ、ユリウス。そういうことで私は行くから、さっき出した課題をしっかりやっておいてね。」
「え・・・?」
「なあに?今日教えたところで何か解からないところがあった?」
「いえ・・・そういうわけではないですけど。」
「なら、ちゃんとやっておくこと。」
そう言って椅子から立ち上がると、アリスは二人を連れてユリウスの部屋を出た。
「ユリウスが世界の終わりみたいな顔してたけど、よかったの?何かご褒美がほしかったんじゃない?」
アリスと並んで歩いて苦笑しながらジゼルがアリスに尋ねる。
「あの子最近少し調子に乗っているみたいだから、少しわからせてあげたほうがいいと思うの。そういう意味では二人が来てくれたのは丁度よかったかも。」
「調子に乗ってるってどういうことだい?」
「スキンシップ過多。」
「う・・・。」
アリスの一言で想像力が掻き立てられたオリガは、顔を真っ赤にして言葉をつまらせた。
「具体的には・・・」
「うわあああっ。いい、いいから。言わなくていいから。」
「やたらと手を握ってくるようになったり、ベッドをすすめるようになったり。本当に困っちゃうわ。」
頬に手をあてて、憂鬱そうにため息をつくアリスの言葉を聞いてオリガがぽかんと口を開けた。
「え?それだけ?」
「ええ。向こうからのアプローチはそんなところよ。ストレートに誘われるなら断りやすいんだけど、やり方がこうも回りくどいと、変に断ると私が自意識過剰みたいじゃない?だからちょっと断りづらい・・・と、いうかやり口がスケベな中年と同じで気持ち悪いのよ。」
アリスはそう言ってもう一度憂鬱そうにため息をもらした。
「・・・それだけ?」
「ええ。・・・あらあら・・・顔を真っ赤にしてオリガったら一体なにを想像したのかしら。」
「な、何も想像してないよ。」
「ふふふ、オリガって本当に可愛いわね。そういえば、ジゼルはともかくオリガがお化粧なんてどういう風の吹き回しなの?ついに本気でアタックする気になったのかしら?」
「え、何?オリガって本命がいたの?」
「い、いません」
「それがいるのよ。」
オリガが否定するが、アリスはあっさりと肯定する。
「へえ、誰なの?私の知ってる人?」
「いえ、全然知らない人です。」
「アンよ。」
「え?」
「アン。」
「アン・・・って?え?」
「アンドラーシュ・モロー侯爵。」
「・・・お父様ぁぁぁっ?」
「何ようるさいわね。廊下で何をいきなり叫んでいるのよジゼル。」
そう言いながら廊下に面した部屋の扉の一つがおもむろに開いてアンドラーシュが面倒くさそうに顔を出した。
「あ、あああああアンドラーシュさまっ。」
「何よオリガまで人をお化けか何かみたいに。」
「あら、だってアンって見た目がすでに化物みたいなものじゃない。」
「・・・出会い頭にいきなりケンカの大安売りをしてくれるとは思わなかったわ。」
口元をひくひくとさせながら、アンドラーシュが廊下に出てきながらアリスを睨むが、アリスはそんなアンドラーシュの視線などどこ吹く風といった風に涼しい顔で受け流していつもと変わらない様子で口を開いた。
「あら、そう聞こえたのならごめんなさい。そういえばアン。あなたって再婚はしないの?」
「失礼ね。アタシは未婚よ、ジゼルの母親とは結婚してたわけじゃないしね。」
「ふうん・・・ジゼルの母親ねえ。じゃあ、初婚でもなんでもいいわ。アンの好みのタイプってどんな人?」
「は?なによいきなり。」
「例えば、結婚するとしたらオリガとわたしとソフィア。誰がいい?」
「なにそれ。なんでそんなに範囲が狭いのよ。」
「じゃあ、エドとヘクトール殿を入れてもいいわ。」
「なんでそこでその二人を追加するんだよ。ていうか、おかしいだろヘクトールを入れるのは。」
「じゃあ、同年代でルチアさんでも皇妃様でもいいわよ。」
「・・・・・・。」
「さあ、回答を。侯爵閣下。」
アリスに回答を迫られて、アンドラーシュは考えた。突然された不躾な質問になど回答しなければいけない義務はないのだが、そこを真面目に考えてしまうあたり、アンドラーシュの本来の真面目さが伺える。
(ここで、アリスと答えるのは面白くないから却下として、ルチアはボロがでそうだから却下。ソフィアは相手がいるし、そもそも色々問題がある。姉さんなんて答えた日には今後アリスになんて言われるかわかったもんじゃない。当然エドはそういう対象外だし、ヘクトールとなんて考えたくもない。そうなると・・・)
「・・・オリガかな。」
「・・・・・・・・ふぅ。」
アンドラーシュの回答を聞いたオリガの顔がみるみる真っ赤になったかと思うと、オリガはその場で気絶して倒れてしまった。
「ちょ、どうしたの?大丈夫?」
倒れたオリガを助け起こしたジゼルが声をかけるが、完全に失神してしまっているオリガはうめき声を漏らすばかりで返事をしない。
「ええっ?そんなに嫌だったのか?・・・まいったな、すまないオリガ。やっぱりルチアの言うとおりなのか・・・」
(・・・これはもしかしたら・・・。)
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一