グランボルカ戦記 3 蒼雷
「・・・うん。アリスも変態も帰っちゃったし。」
「・・・門が開いている事を祈ろう。」
住宅街を抜け、田園地帯へと入った馬車はかろうじて追いつかれずに来ているが、後ろにいるデミヒューマンの数は二人で相手にするには絶望的な規模になっている。よしんば門を抜けられたとしても、この数の追跡をかわして、野外でのサバイバル経験などない二人の女性を連れてアミサガンまで戻るなどというのは夢物語にもならない。
「とは言え、諦めるわけにもいかんか。」
歯を食いしばって、折れそうになる心を奮い立たせながらヘクトールがボウガンを撃つ。
「そうだにゃ。あんくらいの数、きっとどうにかなるにゃ。」
メイも軽口を叩くことで心を奮い立たせて笑った。
果たして、視界に飛び込んできた城門は開いていた。
しかし開いていたことに喜んだのもつかの間。
門の内外には大勢の人影が見えた。
(駄目だ、やられる。)
ヘクトールはそう思ったが、まさか諦めるわけにも行かない。
せめて一人でも、一騎でも多くの敵を道連れにしよう。二人をせめて一歩でもアミサガンの近くへ。
そう覚悟を決めてボウガンを前に向けた時、ヘクトールの目に、風にたなびくモロー家の軍旗が飛び込んできた。
「アン・・・?いや、ジゼルか!」
ヘクトールが目を凝らすと、松明の明かりに照らされて自信満々に笑っているジゼルの顔が見て取れた。
ジゼルの隣には今までつけていた物よりも重そうな鎧をつけたオリガが立っている。
「オリガ、いけるわね?」
「・・・はい。」
「あんまり本気出しちゃだめよ。後ろには住宅地があるんだから。そうね・・・目算で4割ってとこかしら。その位の力でぶちかましてもらえればあとの始末はこっちでやるから。」
「わかりました。」
「準備、完了しました。」
「ご苦労様。」
兵士の報告に頷くと、ジゼルはオリガの背中を叩いて気合を入れる。
「じゃあ、オリガ、ヘクトール達の馬車が通過した後、十秒で突撃。いいわね?」
「はい!」
「良い返事ね。全員、耳あてを装着しなさい。それと、対ショック姿勢。」
ジゼルの指示で周りの兵士たちが耳あてをして態勢整えたのを見届けたオリガは、顔をすっぽりと覆う兜をかぶると、城門の内側にセットされた、四角錐の巨大で無骨な盾のような物の後ろに立ち、顔を横に向け、取手を握って馬車が通りすぎるのを待った。
しばらくして、オリガの視界を馬車が横切った。それを見たオリガは前に向き直り、目を閉じて力を足に集中する。
十。
大丈夫。自分はできる。オリガは自分自身にそう言い聞かせて頷く。
九。
失敗するわけには行かない。失敗すれば、後ろにいる仲間たちに迷惑がかかる。
八。
しかしまさか、暴れ馬のような自分の脚力にこんな使い方があったとは。
七。
考えつくルチアさんもルチアさんだが、認めるアレクシス様もアレクシス様だと、正直思う。
六。
とはいえ、これが成功すれば自分は唯一無二の力を手に入れることになる。
五。
もう、大切な人たちから引き離される心配もしなくていい。
四。
この作戦が成功したらアンドラーシュ様は褒めてくれるだろうか。
三。
いやいや、何を考えているんだ。そんなことを望むなんて身の程知らずもいいところではないか。
二。
・・・意外と、余裕があるな。
わずか十秒の間にも、様々なことを考えては一喜一憂している自分の心に気づいて、オリガの顔に思わず笑みがこぼれた。
一。
さて、行こうか。
オリガは、心の中でつぶやいて新しい相棒をポンと軽く叩いて足に力を込めて大地を蹴った。
零。
「行きなさいオリガ!」
ジゼルが声を上げ、オリガが大地を蹴って盾を押すと、地面に敷設されたレールと、そのレールを挟むようにしてある、盾の乗った台車の車輪との間に摩擦で起こった火花が散る。オリガはそれにも構わず二歩、三歩と地面を蹴る。そして四歩目、ガクン、という衝撃の後。盾が空中に滑りだすのを確認してオリガは地面から足を離して盾に備え付けのステップに足を載せた。
ドン。という雷のような音がして、地面がえぐられ、空気が揺れた。
音の壁を超えた衝撃で発生した白い靄と衝撃波をまとった盾が・・・いや、オリガの槍が敵のデミヒューマンの群体を貫いていく。
その勢いはデミヒューマンの群体を文字通り消し飛ばし、地面を削りとり、全てをなぎ倒して進んでいく。
その軌道上に、蹂躙という言葉でも足りないような徹底的な破壊を行った後、オリガの槍は田園地帯を抜け、住宅地に達しようかというギリギリのところでやっと勢いが収まり、そして停止した。
振り返ったオリガは、改めて自分の新しい槍の威力を認識した。
この槍が通った後で生きているデミヒューマンは皆無。
かろうじて槍の進路や衝撃波の範囲から外れていたデミヒューマンたちも、何が起こったのか解らず混乱をきたしている。
「全軍突撃。」
そしてその混乱に乗じてジゼルの放った一言で、旗下の騎士や兵士達が押し寄せ、デミヒューマン達を殲滅していった。
結局、大勢はオリガの一撃ですでに決していた。
城に残っていた兵たちも、デミヒューマンの大群を打ち破って城に押し寄せたジゼル軍を見てすぐに白旗を上げたが、宰相のラルだけは既に逃げ延びた後で、捕まえる事はできなかった。
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一