家族の鎖
和 知之さんがきてからでいいよ。
薫 昭ちゃん、相変わらずだったね。面会にあんなに、
かあちゃん来たあって喜んですっ飛んでくるのに--
和 そうね。持って行った海苔巻きを口に詰め込んで、
ゆっくりお食べって言っても、返事だけうんうん--
薫 着替えを重ね着して、面会室の人に見せて廻って、
和 傍に来たと思ったら、バイバイ帰るだもんね。
十分も傍にいない。
薫 でも、母ちゃん、ものは考えようだよ。家に帰ると
駄々をこねられると辛くせつなくなるだけだもん。
それに一人じゃないから。
和 -----そうだね。
薫 きっと、病院の人たちが、やさしいから自分の家だ
と思っているんだよ。
知之が入ってくる。薫、台所へ向かう。
和 疲れたでしょう、知之さん、ごくろうさまでした。
知 之 いや、お義母さんこそ、長時間の車でお疲れでしょ。
大丈夫ですか。
和 ええ大丈夫。知之さんこそ、今日は夜勤明けなのに。
知 之 ははは、若いですから。これから一眠りすれば元気
復活ですよ。お義母さんや薫は僕の家族ですから、
気を使わないでください。
薫、お茶を持って入ってくる。
薫 お布団敷いといたから。
知 之 (お茶を飲んで) じゃ、一眠りします。
(知之、部屋を出て行く)
和 薫、知之さんを大切にしなさいよ。
薫 わかっている。でも、知之さん、いつも言っている、
親の顔も知らずに育った僕にとって、おかあさんは
薫のお母さんだ。親孝行の真似ができて嬉しいって。
和 本当にありがたいわ。いい人を息子に持てて。
薫 ふふ、私の目があったでしょう。施設育ちの男と結
婚させるなっておじさん達反対したけどね。
私は感謝してる。 あら、お茶さめてる。新しいの
をいれる?
和 そうね。もう少し、こうしていたいわ。
薫 じゃ、入れ替えてくるね。
薫、台所へ立つ。和、ふと思い立ち立ち上がりかけて、
そのまま座り込み倒れる。薫入ってくる。
薫 おかあさん! (暗転のなか救急車の音。)
二 場
病院の一室。 付き添う薫。
和 (弱弱しく)薫、薫
薫 なに? どうして欲しいの?
和 苦しいから、体を起こしたい。
薫、抱きかかえるように状態を起こす。
薫 (和の背中をさすりながら)少しは楽になった?
和 うん。------- 苦しいから寝かせて
薫、言われたとおりにする。
薫 先生を呼んでもらうからね。
薫。 枕もとのブザーを押す。
和 また起こして--------- やはり寝かせて
薫、病室のドアを開き廊下を見る。母の傍に戻りかけると
看護婦がくる。
看護婦 どうしました。
薫 母が苦しいようなので、先生に診て頂きたいのですが
看護婦 どんな風に?
薫 寝かせたも体を起こしても、二、三分すると苦しくな
るようで
看護婦 さっきくすりを打ったところで、その副作用ですから
我慢しなきゃ。
薫 見てられないのです。先生をお願いします。
看護婦 (不満そうに)じゃ、先生に連絡してして見ますから、
看護婦、部屋を出て行く。
薫 おかあちゃん、今先生が来るから少しの辛抱してね。
(落ち着きなく)もう‐‐‐‐、すぐだから‐‐、
すぐ先生来るから‐-‐‐‐‐
医師と看護婦がくる。医師、和の様子を見て、
医 師 すぐ、酸素吸入器、すぐ、集中治療室へ
慌しい雰囲気の中で暗転
三 場
上手前にお骨を抱いて薫が立っている。(スポット)
下手奥より、昭雄がうれしそうに走って出てくる。
昭 雄 (大声で)姉ちゃん、来たあ~
看護士 あきちゃん、お姉さんでなく妹さんでしょ。
昭 雄 (ふと止まって)かあちゃんは?(辺りを見回して)
ポンポン、痛い?
薫 あのね、かあちゃん死んじゃったの。
昭 雄 死んだ? ふ~ん(理解してない、立て続けて)
マンマ持って来た? オブ?(服)(パントマイ
ムで服を着て、おにぎりを口いっぱいに頬張る。
満足げに)うん、帰る。バイバイ。
看護士 (帰りがける昭雄に)あきちゃん、もう少しここ
に居てあげなさいよ。
昭 雄 うん、(薫に向かって)帰る。バイバイ。
看護士 せっかくいらしたのに。
薫 いいんです。これからも兄の事よろしくお願いし
ます。
看護士 ええ、安心してください。(去る)
暗転
四 場
墓場、薫、知之、良子、辰夫
薫 かあちゃん、あきちゃんがきたよ。
知 之 (薫をいたわるように肩を抱く)
辰 夫 お義姉さん、ずっと、心残りだったもんな。
薫 あのね、かあちゃんが居なくなって、昭ちゃん、
お姉ちゃんから母ちゃんになったんだよ。
知 之 君はお母さんにだから。
良 子 お義姉さん、知之さんもかおるちゃんも、よく
頑張ったよ。 東京に転勤で、遠くなったのに。
面会に足を運んでさ。
辰 夫 お義姉さんも、昭雄が傍に来てほっとしてるだ
ろう。
良 子 重い鎖だったものね。薫ちゃんはこれから知之
さんとお腹の赤ちゃんとの生活を大切にね。
薫、知之 はい、ありがとうございます。
辰夫と良子去りながら
良 子 これで、あの子達もやっと、重い鎖から解放さ
れたわね。
辰 夫 鎖って?