二人の軌跡
「よし! なら全員であのバカを助けにいくか。お前ら、覚悟は出来たか? じゃあ、いくぜ!!」
『了解!』
そしてアサトとカルトは雄叫びを上げながらラグノフ機に接近していく。二人は三年前とは思えない華麗な連携で攻めていく。一心同体、それはバカップルの痴話喧嘩のように息のあった呼吸。
そんな攻撃を相手は紙一重で回避しながら、的確な兵器、場所に向けて反撃する。お互い互角の攻防が繰り広げられる。だが、機体数の関係でアサトとカルトが僅かに優勢だ。
それから約十分間、一進一退の攻防が続いた。アサトとカルトは、相手のAIの反応速度、また行動予測能力の高さで、いま一歩だけ決定打がでない。
そんななか、アンナ伍長の通信が再び入った。
「アサト中尉、カルト中尉、聞こえますか? 敵AIのおおまかな行動パターンの解析に成功しました。これより、私の指示に従ってください」
二人が彼女――おそらくはスノウ――の指示のもとに動いていく。アサトは、そのことにまったく抵抗を感じない。二人のことを心から信頼しているから。ついさっきまでの自分からは信じられないこと。自分でもこの気持ちの変化を不思議に思ってしまうほどに。
次第にラグノフ機を二人で、いや四人で追いつめていく。この四人、誰ひとりでも欠けていたら出来なかっただろう。スノウが導き出したものを、アンナが二人に伝え、それがいかに無茶なものでも難なくこなすカルトとアサト。彼らの絶妙な連携。
アサトとカルトは戦闘機形態の全速力で縦横無尽に相手を撹乱しながらミサイルを撃つ。二人は必死に体を押しつぶすようなGに耐えている。
そして撹乱かと思えば、人型形態で相手に接近しながら正確無比の射撃を行う。相手の機体が少しずつだが被弾していく。しかし、ディノウとヴィンティウの弾と推進剤が残り三割弱だ。このまま戦えば、近いうちに弾と推進剤が枯渇する。そして、ラグノフ機にそのまま止めを刺されるだろう。
それだけは何としても避けなければ。そのことをアンナに伝え、四人で最後の賭けに挑む。
アサトが戦闘機形態で前に出て、その後ろをカルトが少し離れながらついていく。アサトは相手の攻撃をギリギリ回避しきれる速度で接近する。敵AIは必死に迎撃するために、いやらしい攻撃を何度も繰り返すが、この凄すぎる二人には効果はあまりにも薄い。
二人はラグノフ機の弾幕を巧みに弾幕の穴に向かい翼の位置を巧みに調整して潜り抜ける。攻撃を左右に自由自在に回避しながら相手にガンポッドで攻撃する。AIはその攻撃の回避処理を行う。
接近したアサトとカルトは人型形態へ変形して二手に分かれて挟み撃ちにする。追いつめながら二人はじっと報告をじっと待つ――スノウが敵の隙を見つけるのを。そして、ついにその瞬間が訪れアンナがアサトを導く。
「今です、アサト中尉!!」
アサトは咆哮しながら全速力で距離をつめていく。ブースターが焼き切れるのを承知で。その様子に気づいた敵は適切な行動をしようとするが、それをカルトが妨害する。
その刹那に距離を大きく詰め寄る。ガンポッドを動力部に向けて発射する。
次の瞬間、機体は奇妙なダンスを踊り、重力に従い落下りとしようとする。二機は完全に落下する前に、肩を支え、ゆっくりと地上に下ろしていく。
地上に下ろして二人はラグノフが生きているのかどうかを確認する。どうやら気を失っただけで生きているようで四人全員、安堵から息を吐いた。
数日後、カルトとラグノフの軍法会議が終わり部屋から出ていく。彼らはアサトたち三人のお陰で、犯した罪に対しては軽いものになっている。
最後、裁判長からの言葉が忘れられない。
「二人とも良い仲間を持ったようだな。君たちの弁護を強くしてくれたのが三人はいたよ」
もちろん出ていった先には、アサトとスノウとアンナが仲間の無事を祈りながら待っていた。
そんな彼らを見てラグノフは弱弱しく尋ねる。
「どうして私のことを庇ったのですか? あなた方を窮地に追い込んだ張本人なんですよ!」
その言葉を聞いたスノウは彼に詰め寄る。
「みんな、君のことを仲間だと認めているんだよ。俺にはディノウは作れない。あそこまでの設計は思いつかない。だから、その点では君を超えることはできないし、尊敬している」
その言葉を聞いて、ラグノフは目を潤ませていく。続いてアサトが口を開いた。
「あれ、お前が作ったAIなんだろ。俺とカルトを手こずらせるとは、たいしたもんだよ。一対一でやってたら、それこそ勝敗はわからなかった」
そして最後にアンナが締めへと入る。
「あのディノウ。すごい機体じゃないですか。私だったら、ロボットの設計なんて出来ませんよ。その恥ずかしいけど、物理とかの科目は大の苦手で……」
その言葉を聞いて、周りが笑いだした。アンナは「もう、笑うことないじゃないですか」と顔を真っ赤にしながら抗議するが、誰もが笑い続ける。
ラグノフがずっと求めてきたものが、ここにあった。知らない内に自分は手にしていた。
その嬉しさから、涙を流す。周囲のことを何も気にせずに。それをスノウは受け止める。
それを横目にしながら、カルトはアンナにそっと囁く。
「今しかないぞ。アサトに何かを伝えるなら。それにしても、よくあんな馬鹿を好きになったな。これから大変だぞ」
小馬鹿にしたカルトに仕返しの一言を言い放つ。
「けど、カルト中尉もアサト中尉が大好きですよね? それに私、今はラブではなくライクですよ」
虚をつかれたカルトは目を大きく開き、ゴホンと咳払いをして誤魔化した。
去っていこうとするアサトをアンナは呼び止める。その様子は傍から見ていると、好きな異性の先輩を呼び止める、可愛い女の子のように見えて、カルトは口元を緩ませる。
どうかしたのか、と尋ねるアサトに、少しドギマギしながら彼女はあのときの話を切り出した。
「カルト中尉が敵軍に捕獲されたとき、話してくれましたよね。戦争に巻き込まれた少女を助けた、と。実をそれ私なんです。だから、アサト中尉がみんなを助けてくれると信じてました」
アサトは、アンナがあのとき助けた少女だと告げられ、驚く。言われてみれば、彼女とあの少女の姿が一つの線で結びつく。そして彼はおそるおそる最初、始めたあったときに感じた疑問を口にした。
「どうして、あんなに接してきてくれたんだ? まさか、最初から気づいていたわけではないだろう」
だが、彼女は首を横に振って否定する。
「私、あのときの機体の姿を覚えていたんです。それで軍に入ってからデータベースであのときオンザを使っていた部隊を調べて、目星をつけました」
さっきまでの、懐かしむような柔らかい口調とは一変して、さもおかしくて、笑いを堪える声になる。
「けど、その必要はなかったですよ。だって、あなたの、アサト中尉の動きを見たら、あのとき見た動きを勝手に思い出しましたから。あー、無駄な労力使ったな、って思いました」
最後、アンナはアサトを真剣なまなざしで見つめた。
「あのとき、私を助けていただきありがとうございます」
「いや、こっちこそ君のおかげで色々助かった。礼を言う」
二人は笑顔でお互いの右手を差し出し、握手を交わした。