青は藍より出でて、藍より青し(後編)
手渡せる金が少ない事もあり、あまり大きな事は依頼しようがなかった。
丈ノ進の控えめな言葉に次郎吉は、この人はまた水臭い事を言って、と思ったのか自主的に己の役目を申し出た。
「へい。あと亜衣さんには怪しい奴が寄りつかねぇように気を回しておきやす。」
「・・・余計な気は回さなくていいぞ。」
丈ノ進の言葉の意味を解した次郎吉は途端に下卑た笑みを浮かべ、何を仰いますやら、とその広い背中に囁いてきた。
「いやいや、それこそあっしの仕事でしょう。旦那も剣だけは見事に使いなさるが、女になるとからっきしダメなんだから。へっへっへ、ここは大船に乗ったつもりであっしに任せてくだせぇ。」
「無駄な事はするな。俺はそのつもりがない。」
「でも、亜衣さんの方はどうでしょうねぇ。いやぁ、向こうだって、旦那が嫌ならいくらあっしが促してもその身を任せようって気にゃ、ならねぇもんですぜ。」
「・・・だから、お前のそういうところが余計なんだ。」
・・・こっちだって、必死で堪えているのに、これ以上そそのかすな。
鋭い眼光で睨みつける丈ノ進の頭上を、雀のつがいが飛んでいった。
表通りの大店では小僧が店の前を掃いている。
遠くからは納豆売りの声も響いてくる。
いつもと変わらぬ平穏な一日が始まろうとしているようだ。
・・・やっぱりこの男には明かさねば良かったかもしれん。
丈ノ進は先行きになんとも言えない不安を覚え、ぶすっとした顔つきのまま、お咲長屋の古びた裏木戸をくぐった。
作品名:青は藍より出でて、藍より青し(後編) 作家名:のこ