雪国の梅花
「ウ、タ……、止まっちゃった、死んじゃっ、ウタ──」
私は必死に涙を堪えようと下唇を噛み締めて、ウタの方を見上げた。ウタは隣にしゃがみ、私の背中をさすってくれた。
「ひとりきりで死なないで済んだんだから。俺とちぃが見ててあげたんだから。ちぃが抱いててあげたんだから。雀は多分嬉しかったと思うよ」
堪えきれなくなった涙が双眸から溢れ出す。肩口で拭うと白いブラウスが茶色になった。次々に落ちていく涙が薄汚れた頬を洗い流していく。
「雀と同じ色になったな」
ウタは私のブラウスを見てそう言い、「埋めてやろう」と立ち上がった。
埋める場所なんてあちこちにある。だけれどウタが迷わず向かったのは、祖母の家の庭にある梅の木だった。
「ちぃが好きな梅の木の下に埋めてやろう」
スコップも使わず、男らしく筋張り始めた手指で少しずつ、雀一匹が入るのに丁度いいぐらいの大きさに穴を掘った。ウタの指先もまた、雀の色をしていた。
手の平で包み込んでいた雀を穴の中にそっと落とすと、ウタと一緒に上から土をかける。雀は永遠の夜を迎えた。
「ちゃんと土かけておかないと、猫に掘り返されるからな」
雀の身体の分だけわずかに盛り上がった土の上には、緑色の葉っぱを数枚立てた。示しを合わせたように二人、合掌する。ウタは茶色になった手を私に差し出し、私はそれをつかむと立ち上がった。真夏でも、真冬の世界から汲んでいるような冷たい井戸水で手と顔を洗った。
「雀も、梅の木の下に埋めたんだったよな」
傾き始めた太陽に顔をしかめながら、遠くに視線を飛ばしているウタの横顔は、夏のお日様に照らされた幼い頃のウタの顔のままだった。
「そうだったね」
何かを振りほどくように正面を見すえた私に、ウタが横から視線を向けていることに気付いた。何気なさを装って視線を合わせる。二人とも、春風を感じたかのようにふっと、笑った。
「次から次に、色々思い出すよな。年に一回か二回会うだけの従兄妹同士だったのに、会えばずっと一緒にいたもんな」
「そうだね」
陽射しが滑り台に反射し、反射光に目がくらんだ私は少しウタの方へと肩を寄せた。それに意味があったわけではなく、ただ太陽の光を避けた、それだけだったと思う。
「なぁ、ちぃはどうだか知らないけど、あの頃の俺はいとこ同士でも結婚できると思ってたんだ」
弾かれたようにウタを見た。彼は少し俯いて、人差し指を二本、糸を巻くように動かしている。
「だけどいとこって兄弟みたいに近い関係なんだって知って、結婚は無理だって勝手に決めつけた」
咀嚼するのに時間がかかるその言葉にこめかみを掻いていると、ウタは初雪みたいな静けさで、言った。
「ちぃが好きだった。でも結婚はできないって思ってた。小さい時の話な」
唐突な告白に、言葉を失った。それが例え『小さい時』の話であっても、私にとっては何よりも大切な話だ。何か言わなければと思うだけで、それ以上頭が回らない。
初雪は大抵、すぐにやんでしまうのだと知っている。
「手を繋いで歩いてくれてるけど、ちぃがどんどん大きくなってったらできなくなるんだって思うと、夏が来るのが怖かったんだよな」
「そ、う……なんだ」
やっと口にできたのはこれだけで、自分の気持ちがどうだったかなんて話す余裕はまだない。
「結局俺は、小さい頃に芽生えた恋心を、一方では成就させたけどさ、一方では成就させられなかったって訳だ」
キルティングのレッスンバッグを持った、髪の長い女の子。気が強そうで、綺麗だった。あの頃すでにウタは、彼女に恋をしていたのだと思う。しかし、私に対しても同じ感情を抱いていた。どうしたらいいのか、足を組み替えたり唇を噛んでみたり、首を傾げてみたりと落ち着きを取り戻せない。
「そんなに動揺すんなよ。今更ちぃのことをどうにかしようとか思ってるわけじゃないんだから」
無言で頷き、張り付いていた唇をやっとのことで開いた。
「なんで今、このタイミングで言ったの? 久しぶりに会ったから?」
ウタは一度首を少し傾げてから「そういうわけじゃないけどさ」と首を横に振る。
「ばあちゃんが死んで、おばさんは事故っただろ。兄貴の嫁さんも病死してるし、人生何があるか分からないなって思ったんだよ。そしたら、自分の感情を胸に秘めたまま死んでいくのって、嫌だなって思ったんだよ」
「何それ、まるでウタが死ににいくみたいじゃん」
ウタは他人事みたいに笑って「そうだなぁ」と私に目を向けた。目は、笑っていなかった。
「でもそうなんだ、一度きりの人生だから『今だ』って思った時に言っておかないと、後悔するかもなってさ」
ビニールが擦れる音とともに、ウタが袋を持って立ち上がった。夕焼けに向かって大きく伸びをした彼に橙の光がさし、クリーム色のラインとなって背後に消えていくように見えた。私もビニールを手にして立ち上がる。
「ねえ、ウタ」
振り向いた彼は「どした?」と少し首を傾げた。
「私も明日死ぬかもしれないから、言っておきたい。ウエディングドレスを着てウタの隣に並びたかった。小さい時からずっと思ってた。でもいとこ同士だからって思って諦めてた。でも──今でもウタのこと、好きだよ」
ウタは私に向かって、ビニールを持っていない方の手をすっと差し出した。
「手。いつも目印にしてた消火栓のところまで、繋いでいこう」
ビニールを反対に持ち替え、ウタへと手を伸ばす。握った手は、あの頃少しずつ固く強くなっていくように感じていた彼の手の、完成形だった。あの頃とは違う、男性の手だ。