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青は藍より出でて、藍より青し(前編)

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亜衣は必死のあまり、自分の体を掴んできた男の腕に噛み付いた。深窓育ちの亜衣にとって、これまでただの一度だってした事の無い所作だったが、なりふりはかまっていられなかった。
「痛っ!!」
男が悲鳴をあげて離れるその隙に走り出すが、追いかけてくるのは3人、とても逃げ切れるものではない。
神社の裏にある用水路近くなら、葉っぱもあるし、水気が好きなカタツムリも幸せに暮らせるだろうと、立ち寄っただけなのだ。それなのにまさか、柄の悪い男どもに囲まれるなんて亜衣には思いもよらない事だった。
男たちはいずれもまだ若い。一番年かさの者でも20をいくつか超えたくらいだろう。3人とも遊び人か地回りのような服装で、着物の裾を尻っ端折りし、だらしなく襟元をはだけさせていた。しかも酒でも飲んでいるのか、口元からは鼻をつまみたくなるような嫌な臭いが漏れている。
増上寺近辺の小さな寺にある賭博場から家に戻る途中、偶然亜衣に目を止めたのだ。
「へへへ、そっちに逃げても無駄だぜ。」
3人がかりで囲むようにしているので、男たちには余裕がある。朝早くなので亜衣が声を上げようと、人通りは少なく、邪魔が入る心配は無い。しかも彼女が逃げ込んだのは境内の裏にある背の高い雑草の生い茂った草むらの中だった。男たちが剥き出しの欲望をさらけ出すにはむしろ好都合ともいえる。
「きゃあっ!!」
追いかける男たちの視界から亜衣が悲鳴と共に不意にその身を消した。逃げる事に必死で、草むらの裏にあった用水路に足を滑らせてしまったらしい。
「へへへ、こりゃあ水も滴るいい女になったな。」
下卑た笑いを浮かべて3人の中では一番中心格の、安蔵という男が用水路の中で慌てて立ち上がった亜衣の手首をすかさず掴んだ。用水路を流れる水の深さは1尺弱(約33cm)と浅く、落ちた亜衣の体は腰から下がびっしょりと濡れていたものの、怪我は無いようだった。
「とっとと上がってきな。」
「きゃっ!!」
痛がるのを無視して、安蔵は強引に手首を引っ張り、用水路から引き上げると、そのまま草むらの中に引きずり込んだ。
背の高い草は予想通り、男たちの姿をすっぽりと覆ってくれる。
安蔵は仰向けに転がした亜衣の体に馬乗りになった。手馴れたもので、残りの男二人も素早く亜衣の足と手をそれぞれ押さえつけ彼女のかぼそい抵抗の手段を奪った。
「っ!!」
押し潰すような男のずっしりとした重さと、顔の間近にせまった生乾きの土の臭いは亜衣がこれまで生きてきた中で初めて覚えるもので、恐怖のあまり、その喉からは悲鳴すら出てこない。
「へっへっへっ。こいつはまた嬲り甲斐のあるのが引っかかったな。」
安蔵は血走った目をひん剥き、これから味わう獲物を値踏みするようにその形の良い顎に指をかけた。
若いと言うより、まだまだ幼さの残る顔立ちだ。
元々白磁のように色白の顔が恐怖で青ざめている。
しかし町娘にしては随分と整った顔立ちだ。黒目の大きな瞳は涙で濡れて一層艶めいているし、ふっくらとした唇は今にもかぶりつきたくなるほど愛らしい。
早朝の神社を若い女が一人で歩いているから、辺りに人影もないし少しからかってやるか、とほんの出来心で襲ってみただけなのである。それが予想を遥かに超える上玉に巡り合ったようで、男たちは先刻から頬が緩みっぱなしだった。
「そんなにおっかねぇ顔するなよ。何、抵抗しなきゃ悪いようにはしねぇ、これでも女の扱いにかけちゃ、俺の右に出るもんはいねぇぜ。うんと気持ちよくしてやるからよぉ。」
下卑た笑みを浮かべた安蔵はさっそく、「濡れたものは脱いでおかねぇと、風邪ひくからいけねぇよなぁ。」、などとわざとらしい事を口にしながら亜衣の黒い半襟に手をかけ、一気にはだけさせた。
格子柄の着物の下から、鎖骨の浮き出た細い肩と、淡雪のように白く小ぶりな胸のふくらみとが白日の下に晒された。男たちは色めき立ち、その気配を肌で敏感に感じ取った亜衣が喉の奥から搾り出すような甲高い悲鳴をあげる。
「いやぁっっ!!!」
「うわっ!」
予想外の声の大きさに驚いた安蔵が慌ててその口を手で塞ぐ。確かにここは通りからは見えない背の高い草むらの中ではあるが、それでも神社なので一応、境内の脇にある母屋に神主が住んでいる。とは言っても、確かよぼよぼの爺さんだったから、万一騒がれようと懐の匕首で脅しその口を塞げば問題は無いが、お楽しみの最中にはその手間すら面倒だ。
「おい、何か口塞ぐもん持ってねぇか?」
「あいよ。」
足首を抑えていた男が袂から細紐を出してきたので、安蔵はそれを亜衣の口に結びつけた。当然、亜衣は嫌がるが、そんな事は欲望に火がついた男たちにとって知ったことではない。
「・・・よし、これでいいな。」
口を塞がれた亜衣はいよいよ目元から涙を溢れさせ、いやいや、と首を小さく振った。恐怖に震えるその表情はいじましくて、男たちの嗜虐心を一層かき立てる。
安蔵が喉を鳴らして亜衣の小さな胸を鷲づかみにした。普段人目に触れぬ場所であるだけに、吸い付くように柔らかく、きめ細かで極上の触り心地だ。
「うへぇ、こいつぁ、もしかして生娘じゃねぇか?」
胸のふくらみの頂点にある薄桃色の突起は、その色からして男を知っているものではないようだった。そういえば、髪は既婚者らしい丸髷にしているが、歯には鉄漿も塗っていない。
ちなみに、鉄漿を塗っていなかったのは、単に亜衣が寝坊したので化粧をする暇が無かっただけなのだが、安蔵にはそんな理由まで知る由も無い。
「堪らねぇなぁ。涎がこぼれてきやがるぜ。」
ぜぇぜぇ、と声が漏れるほどに息を荒げながら亜衣の胸を弄っていた安蔵は、更に腰の下へも手を伸ばすべく、背中に手を回して帯を解こうとしたが、上ずった声でそれを止めるものがあった。
「ま、待ってくれ。こいつがもし生娘なら、先にやらせてくれよ。俺ぁ、まだ男を知らねぇ女ってのはやったことねぇんだ。」
亜衣の足元から四つ這いになって出てきたのは、3人の中では一番若い、まだ20歳にもならない男だった。すでに顔は期待と興奮で真っ赤に染まり、体の芯から溢れてくる欲求を抑えきれないのか、目の前にいる安蔵の尻を強引に押しのけようとする。
「お、おい、押すな。こういう時は年上を立てるもんだろうが。」
「・・・歳だけなら俺の方が上だな。」
「おめぇまで言うか。」
思いもよらぬところからまで抗議が出てきた事に安蔵は呆れたように肩をすくめる。歳と言っても3月ほどの差しかなかったのでは無いだろうか?
しかし、目の前の男の顔を確認した安蔵は、渋々ながら腰を上げた。
亜衣の手首を抑えているこの男は、安蔵がこのまま強引に先んじようものなら、そのまま首でも絞め上げかねない危険な色の欲情を灯した目をしてこちらを見ていたのだ。
無理もない。
今、男たちが組み伏せている女は、彼らがこれまでに出会った事のない類の女だった。
ただ美しいだけでは無い。商売女のような世に擦れた風も無ければ、町娘の蓮っぱな雰囲気も無い。何が、とは彼らにも上手く説明がつかないのだが、ただの初心な町娘とも思えない、気品のようなものがあるのだ。
そこへ、これが生娘かもしれない、という期待まで加わり、男たちは極度の興奮状態に陥っていた。