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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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「あれは違うんだよ。多分ね」
「まぁ、皆あんたの真似をしたがるからな。無理もない」
 コインを弾く仕草に、グレゴリオは今度こそ肩を竦めた。
「観客って言うの服と一緒なんだ」
 軽く持ち上げた腕のランゲ・アンド・ゾーネを値踏みするサルヴァトーレの視線に、苦笑は深くなるばかりだった。文字盤の反射に目を凝らす。最近、人の多いところに入るとすぐに小さな文字がぼやけるようになった。
「服」
「ああ。人間が自分の意思で選んでると思うだろう?」
 年季の入った愛用品で、時々遅れることは知っている。デスクに載った大理石の置時計と、5分近い誤差を持っていた。
「ところが違うんだ。服が人を選ぶ。そしてそれを身に着けた瞬間、人間は服の中に取り込まれてしまう。」
 リューズをつまむ指先の震えを目の前の男に悟られぬよう、わざとゆっくりとした仕草で針を進ませる。
「そうなると、着ている人間は服に合わせて動くようになる。だんだん、自分という人間がわからなくなってくる。着ているのか、着られているのか」
 6時前。幾ら広いホテルとは言え、建物の中を歩き回っているだけではなかなか空腹は訪れなかった。
「自分の身なりに惑わされて、自分を英雄だと思い込んでいる人間がどれほど多いことか」
 グレゴリオのため息が宙に消えたのと、サルヴァトーレが肩を竦めたのはほぼ同時だった。
「ジョン・ウェインもそうか?」
「さぁ。彼はいい奴だよ」
 闇の中でまた何かが爆ぜ、一瞬外の景色が明るくなる。
「ベガスのネオンを思い出すよ。それか、コットン・クラブ」
「マドゥンが遊びに来いって言ってたぞ。あんた、昔よく出入りしてたんだろう」
「ハリウッドに行く前はな。あそこに出入りする女性はみんな上品で遊びやすかった」
 放射線を描いてオレンジを撒き散らす火薬に、グレゴリオは目を細めた。上品も過ぎて欲求不満の中年女から金を巻き上げていたなんて、この際いちいち言わなくてもいい。
 激しいジャズのビートと南国風のショー、所狭しと並べられたテーブルと、そこに腰掛ける着飾った男女。ときにはラジオの中継が来ることもあった。