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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 店の中はミラーボールが回り、画面では演歌に合わせた着物の女優が涙を流していた。ママは何を勘違いしたのかおしぼりを持ってきた。健三は構わず続きを歌っていた。加奈子は健三の頬を撫でたくなった。「私は悪い女かしら…」演歌の曲が加奈子のまわりにまとわりついた。

 健三が歌い終わる頃、店の扉が再度開き二人が入ってきた。抱えるようにやってきた一博はママに「水を」と頼んだ。加奈子は知らないふりをしていた。先ほどの事を見なかったようにニコニコしていた。
 そして「大丈夫ぅ〜」となるべく普通の声を出すように声を上げた。
 自分の嘘に心臓が高鳴った。
「なんだか気分が悪いそうだ・・みんな帰ろうか、これでお開きにしよう」と一博が言った。
 健三は妻の心配より「まだ歌えるのに」とまた彼も酔っていた。
「はい、はい、じゃ、お開きね、さぁ〜帰ろ帰ろ」と加奈子は明るく言った。
 
 計算を済まし、酔った有田の二人に肩を貸しながらホテルへ帰った。加奈子が美香に肩を貸した。一博は酔ってふらふら歩く健三の後からついて歩いた。
 四人はホテルのそれぞれの夫婦の部屋にたどり着いた。
「じゃ〜おやすみ〜」加奈子が言う。美香に手を振ると美香も黙って手を振った。
 健三は「今日は楽しかったなぁ〜」と大声でドアの前で言っている。
「わかった、わかった、おやすみ〜」と言って一博は健三を押し込み、自分の部屋に戻った。


 健三はすでに敷いてある布団に倒れ込むように寝ると美香に何も言わず寝てしまった。頭と足が逆さまだった。美香は枕を反対にして、健三の頭の下に枕を入れてあげた。そして自分の枕も反対に持ち寄り、結局、最初に敷いてあった反対の向きで寝始めた。健三はすぐに寝息といびきをかき始めた。
 美香は一博とのキスを思い出し眠れなかった。そして健三に背を向けて横になった。先ほどの一博の唇の暖かさと柔らかさが心の臓にチクチクした。


 加奈子は何も言わず敷かれている布団に横になった。一博は「今日は楽しかったなぁ〜」と加奈子に言うわけでもなく独り言のように言いながら電気を消し、加奈子の横に敷かれている布団に横になった。
 お互い背を向けたような形になり、そういえばいつ以来だろうと二人ともぼんやり思いだした。二人そろって寝ることは最近なかった。
 加奈子は眼を開けていた。そして先ほどの光景を何度も開いた目で繰り返し見ていた。加奈子もまた心の臓がチクチク痛んだ。
 一博は美香の唇を思い出していた。柔らかい唇に自分の寂しさが溶けていきそうな感覚で幸福だった。加奈子とはまた別な意味で眠れなかった。