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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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「今日は遅くなるから」美香は定刻7時半に出ていく健三に声をかけた。
「ああ」理由も聞かないで靴を履きバタンとドアを閉めると自転車に乗って健三は仕事に出かけた。
まだ「ああ」と返事をしただけでもましかもしれない。ある時は何も言わず出ていくこともあるからだ。わかっているのか、了解したのか美香は心配だ。
 遅くなる理由はちょっと離れた街まで出かけ服を買いたかったからだ。悔しいが多分、加奈子の服には値段はかなわないだろうけど、ちょっとでもましな服を明日の旅行の為に身につけたかったのだ。
電車で1時間も行けば結構大きな街に出る。しかし、帰りのバスは1時間に1本しかなく、どう考えても夜の7時を過ぎてしまいそうだった。健三はいつも7時頃に帰ってくる。それから夕飯を作るとなればずいぶん待たせることになる。だから、遅れてもいいように美香は健三のために朝から夕飯の用意をして出かけることにした。

 愛情を探そうとしても見つからないが、だが長年連れ添ってきて食事を作る習慣だけは抜け切れない。多分、食事を作らない時が自分たちの終わりの時だろうと美香は気に食わない時に思うのだが、しかし、また作る。嫌だと思いながらまた作る。作る意味も分からないまま作る。これが愛情なら嘘でしかない。嫌いでやっているのだから・・・。



 専門店街の服はパート主婦の金銭感覚とはかなりずれていた。仕方なくディスカウントスーパーの小奇麗な婦人服売り場で美香は妥協した。下着売り場で足を止める。もしかしたら・・一博の顔が浮かび派手な下着を手に取るのだが、まさか・・と思い直し、手に取った下着を元に戻した。何かを期待してるのだろうか・・・。
 美香は自分より不細工な加奈子の顔を思い出し一博と仲良くしている場面を想像した。あの二人はどんな生活をしてるんだろ。うちより愛情があふれる生活を送ってるんだろうか。隣の芝生は青く見える。美香は軽い嫉妬を覚えながら、先ほど手に取った派手な下着を買い物かごに入れた。
何を本当に期待しているんだろう…一博の軽い口先が上手に自分をだましてほしいと美香は思った。

 夕方の電車は混んでいた。都市から田舎に帰るサラリーマンや学生は1時間の通勤通学の時間を無駄だと思わないのだろうか。1日往復2時間。一か月で50時間。1年で600時間だ。数字の上では凄いけど、その時間が余ったからと云って何も予定が立たないのが主婦だった。パートの働く時間をあと600時間増やしたいとは思わない。単なる数字の無駄に自分の無駄を重ね合わせるだけだった。