アイスエンジェル
「私は、弱い女だから」
僕は華彩を寝室に運んだ。杉本がいる部屋の隣が空いていたので、そこのベッドで彼女を寝かせる。簡易暖炉はベッドの対面側にあり、ランプの火を使って焚いた。
「違うか――」華彩は汗だくになり、首筋に一筋の汗が流れ落ちた。「弱い妖怪、か」
「私たちの一族はね、元々はもっと遠くの、極寒の山の上に住んでいたの。彼女たちは特殊な能力を持っていたけれど、ある弱点があったの」
「弱点?」
「暖かい場所では生活ができない。常温でさえ私たちにとっては高熱で、そこに居続けるとやがて暑さで衰弱し、蒸発してしまうの」
僕は咄嗟に後ろを振り向いた。彼女が弱っている原因は、暖炉の火だった。
僕は右手に意識を集中させる。急速に温度を低下させた僕の右手は暖炉の炎程度では火傷は負わない。その右手を暖炉に突っ込み、能力で火を消化させた。その途端に室内の温度が一段と下がったような気がした。
室内の気温が低くなると華彩の呼吸もやがて静かになった。汗は急速に引いていき、元の白くて清潔感のある肌に戻った。
「私たちは冷たい世界でしか生きられない。だから初めてあなたに会ったとき、運命かな、って少し思ったよ」
華彩は力なく笑った。「だって、あなたなら殺さずに済むでしょ?」
「どういうこと?」
「私たちの一族はね、冬になると山を降りるの。男を探して、子供を身籠るためにね。で、妊娠したらその男を殺す。そういうしきたりなの」
「なんでそんなこと……」
「愛してるから」
華彩は天井を見つめながら言う。
「愛してるから、一緒に暮らせないなら、他の女に渡したくないから、だからこの手で殺す。女系の一族である私たちの世界に男はいない。一緒にいられない。いられるのは冬の季節だけ。だからその季節にだけ激しく愛して、そして冷たい季節の間に殺してしまう。そういう世界で生きてきたの。でも……」
――私は弱いから、誰かを殺すことができなかった、と華彩は言った。
「初めて吉岡くんに会ったとき、だから本当に嬉しかった。冷たい世界でも生きられるあなたなら、殺さずに一緒に生きられる。だから――」
「学校にまで来たのか?」
「うん。けっこう大変だったんだよ、書類の手続きとか、申請とか。戸籍を偽装するのって難しいんだね」
はは、と華彩は力なく笑った。
「でも、もうダメだね。私たち、一緒にはいられない」
「どうして?」
僕は華彩に近寄った。手を握り締めると、やっぱり冷たかった。
「私、あなたの事が本当に好き。でも、もうダメ。いろいろ考えてみたんだけど、私はやっぱり、今日ここで死ぬと思う」
「だから、何でだよ!」
思わず叫んでしまった。華彩は上半身だけ起こすと、僕の唇に人差し指をあてた。
「あなたは、すごく優しい人。だからきっと、選ぶことはできないよ」
華彩はベッドから降りて、部屋を出て行く。
「さっきも言ったよね。私達にはある能力があるって」