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ゆびきり

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うちのパパとママは、仲が良い。仲が良すぎて、半年に一回は喧嘩をする。
喧嘩はだいたいのんびり屋のパパに、せっかちなママが切れて始まる。喧嘩が始まると、パパとママは一週間ぐらいは口をきかない。だけど、一週間を過ぎるとまた仲良しになる。ママがパパの後をいっつも追いかけて話しかけたり、ママが洗濯物を畳んでいるのをパパが邪魔をしてママの膝枕してもらったりと、僕らはテレビで言っているラブラブってのは、こういう事を言うんだろうなぁと幼心にも納得したもんだ。
一週間喧嘩して、二ヶ月ぐらいラブラブで、四ヶ月普通の仲良し。それが僕の家のサイクルだった。
それがある時、パパとママの喧嘩が一週間を過ぎても十日過ぎても終わらなかった。
パパとママが喧嘩して二度目の日曜日の夜、僕は不安で不安で眠れなくて、とうとう隣のベッドに寝ているお兄ちゃんの布団の中に潜り込んで、「パパとママがリコンしたらどうしよう。パパとママと別れるのも嫌だけど、お兄ちゃんと別れるのはもっと嫌だ」と言って大泣きをしてしまった。二つ上のお兄ちゃんは一瞬寝ぼけてきょとんとしていたけど、僕がわあわあ泣いているのを見て「僕も慎太と別れるの嫌だよ」と言って一緒に泣いてくれた。
二人でわんわん泣いているのにびっくりしたパパとママが駆けつけてきた時に、僕らはリコンしないで下さいって泣きながらお願いした。パパとママは二人で顔を見合わせた後、僕とお兄ちゃんを抱っこしてくれて「ごめんなさい、離婚なんてしないよ」って言ってくれた。何回も何回も確認する僕らを一人ずつ抱いて、パパとママの大きなベッドに連れて行ってくれて、そして四人でぎゅうぎゅうになりながら寝た。
隣にはママがいて、もう片方の隣にはお兄ちゃんがいて、そしてお兄ちゃんの向こうには、パパがいた。僕は嬉しくて嬉しくて、お兄ちゃんに抱きついてそっと良かったねと囁くと、お兄ちゃんも本当に良かったと囁き返してくれた。
それが僕らが四人で一緒のベッドに寝た最後の日だった。
半年に一回だった喧嘩が、四ヶ月に一回になり、また六ヶ月に一回になり、三ヶ月に一回になった頃僕らは毎晩お兄ちゃんと一緒のベッドに寝た。僕らは次の喧嘩がいつくるのか、そして本当に喧嘩が終わるのか分からなくて、毎晩怖くて怖くて仕方なかった。喧嘩の日と普通の日が同じぐらいになった時、お兄ちゃんは僕をぎゅっと抱きしめて「パパとママがリコンしても、俺らはずっとずっと兄弟だからな、俺の弟はお前だけだ」と約束してくれた。だから僕も約束した。指切りをして、お互いの両方のほっぺたに一回づつちゅーをするのが、僕の家の指きりだ。パパとママが教えてくれたのに、もうパパとママは指切りを一回もしていない。
そして、僕が小学校六年になってすぐに、パパとママはリコンした。それはママがパパに「こんなに好きなのに一緒にいるのが辛い」と言って泣いているのを、僕らがベッドの上で震えながら抱き合って聞いた次の日のことだった。
僕はママと、お兄ちゃんはパパと別々に暮らす事になった。
さよならの日、僕はお兄ちゃんを机もベッドも無くなってガランとしてしまった二人の部屋に呼んだ。
もう大好きなお兄ちゃんと会えるのは最後だと思うと、胸が痛くて痛くて仕方なかった。僕はお兄ちゃんに最後は仲良し指切りをしようと言った。お兄ちゃんはただ口をきゅっとつぐんで頷いてくれた。
仲良し指切り、嘘ついたら針千本飲〜ます
お兄ちゃんも僕も、ほっぺたや唇が涙でべとべとだったけど、ちっとも気にならなかった。
僕らはそれきり会うことが無かった。パパの転勤を期に決まった離婚だったので、二人が北海道にいるという事しか、ママは僕に教えてくれなかったので、手紙を書くことすらできなかった。


ママは二人になった時に、お勤めはじめた。最初は寂しくて大変だったけど、ママか夜中に一度だけしくしくと泣いているのを見てから、我慢することを覚えた。
僕が中学を卒業する頃には、僕らはずっと二人だけの生活をしていたような気になった。友達との諍いや勉強で大変だった時、たまにお兄ちゃんがいてくれればと思ったこともあったが、高校生活に慣れた頃には、考えても仕方ない事だと思うようにもなった。
僕というのが照れくさくて、俺と自分のことを言うようになった頃、俺はにょきにょきと大きくなって、あっという間に母ちゃんの背を追い越してしまった。母ちゃんは小柄な方だったので、俺はどうやら大柄だった父ちゃんに似たのだろう。
すっかり母ちゃんの頭が胸ぐらいにまでなった時「あんたの頭をはたきたくても、手が届かなくて嫌になるわ」と母ちゃんは眩しそうに俺を見上げながら、おでこをぺちりと叩いた。そして「でかくて邪魔で邪魔で仕方ないわねぇ」と言うわりには、一言も父ちゃんに似たんだとは言わなかった。
俺が大学受験で長い冬を終えた頃、母ちゃんにも春が来たようだった。ばっちり化粧でかっちりしていた服を着ていたのに、最近は何やら華やいだ色が増えてきたので何となく気付いた。
受験で何度目かの恋に終止符を打った俺に、ちょっとは気遣えと思ったが、うきうきした顔の母ちゃんを見ていると、何も言えなくなってしまった。母ちゃんに父ちゃん以外の旦那さんがいても、俺は全然許せるぐらいに大人にもなっていた。
華やいで華やいで、ふわんふわんになってしまった母ちゃんは、それでも俺には何も言ってくれないので、とうとう俺から相手紹介しろと言ったら、言った俺がびっくりするぐらいに真っ赤になって恥らってしまった。いつもしゃきしゃきしていた母ちゃんたって照れるだろうと思ってはいたが、どっかの女子高生だってここまで恥らわないだろうというぐらいに恥らいしどろもどろになるので、聞いたこっちの顔まで赤くなって仕方なかった。母ちゃんは本当に恋しているんだと、俺は胸が温かくなった。
熟れきったトマトのようになった母ちゃんは、俯いたまま小さな声で「ちゃんと決まったら、教える」と指切りをしてくれた。だけど、その指切りはもう昔の指切りではなく、ただ小指を絡ませるだけの普通の指切りだった。


母ちゃんと指切りをしてから半年後、俺はやっと相手を紹介して貰えることになった。
相手の家に向かう母ちゃんの後に付いて歩いている間中、母ちゃんは「最初に声かけてきたのは向こうなのよ」とか「好きって言ってくれたのも、向こうなのよ」やら「私はね、別に良いなって思う人もいたんだからね」なんて良く分からないことを、色の白い首筋と耳を真っ赤に染めながら俺にずっと言い続けていた。
「あっ、慎太あんたは、あの人殴ったりしないでよね。あの人殴ったりしたら、母ちゃん容赦しないわよ」
そんな母ちゃんの言葉に、俺は思わず吹き出して、「殴るのは花嫁の父で、俺は息子だからそんなことしないよ」と笑った。
瀟洒なマンションのドアの前に来てから、母ちゃんは俺の方を向くと「こんなとこまで来て、今更で、本当に悪いんだけど、こんなことになっちゃって本当にごめんなさい」と言ってぺこりと頭を下げた。何事かときょとんとしている俺を尻目に、母ちゃんはドアベルを押した。ピンボーンというありきたりな音の後に、どこかのんひりとした低い声が「はぁい」と聞こえてドアが開いた。
作品名:ゆびきり 作家名:toma