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帰り道

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29歳の男は会社からの帰り道を歩きながら、今日もため息ばかりしていた。彼の会社は酒造会社、地元では名が売れており、県下の多くの酒屋,スーパーに日本酒を卸している。彼は営業部に勤めている。営業は新規開拓をせず、既存の卸し先に発注数を届けるだけである。毎日何の充実感もなく,ただ単調な作業に疲れた気分で帰るのであった。
2、3日に一回は帰り道にスーパーに寄る。共働きなので,妻か彼か時間がある方が買出しをして帰るのだ。しかし最近、中学校教師である彼の妻は学期末が近いこともあり、忙しく疲れているため、彼が買い物をすることが多くなっている。妻の忙しさに対し、自分の仕事の慢性的な緊張感の無さに、心のどこかでうらめしさと劣等感を抱き始めている。そのことが、スーパーに向かう自分の背中を丸めさせるような気がしてならない恵介であった。
スーパーの前には中学生らしき子供が、自転車に乗っている子と地べたに座っている子とがふんぞり返って話している。こんな田舎でそんな光景を見ると、嫌悪感を抱くというよりは、今の彼らには分かりえない恥ずかしさを自分が代わりに感じているようになり、哀れみに近いような気持ちになるのが常であった、彼は特に注意も払わずに横を通り過ぎ、店内に入っていった。2人暮らしのため、そんなに量は買うことはない。15分ほどで出てくると、少年らはどこか気取ったような、それでもまだ幼い声で笑っていた。その中の一人が飲み終わったジュースのペットボトルを、野球部なのだろうか、型よく遠くへ投げた。
「当たらねぇな。」
駐車場のフェンスの向こうには畑があり、その中にドラム缶がある、きっとそれを狙ったのだろう。ペットボトルはその近くに転がった。彼はひょっとしたら取りに行ってくれるのではないかと、かすかな希望を当てにして、近くに立っていた。やはり拾いには行かない。彼らのすぐ近くに立っているため、少年たちも不審に彼を盗み見始めた。彼は迷っている、自然や環境問題は彼が常に考えることなのである。就職先も元々は環境問題に携われる会社を探していた、2年間就職活動をして、結局、機会は得られず。半分投げやりに酒が好きだからという安直な理由で、酒造にあたってみると、故郷から離れた、遠い半田舎の今の地に酒造会社に入れてもらえた。環境問題に立ち向かうという、人生で最も手に入りそうであった夢を諦めさせられた。宇宙飛行士になりたいとかそんな類の夢ではなく、大人になった自分が真面目に考えた夢であった、希望の仕事、それを諦めなければならなかった。自分の力の及ばなかったことも承知だが、どうしても「諦めさせられた」と思わずにはいられなかった。さらに今の会社という向上することを求められない職場で、日課的な仕事だけをこなしていると、自分に自然を守るなどという能力はなかったのであって、それをどの会社の社長も見抜いただけではなかったのだろうかという考えが年々濃くなっていくのであった。今の仕事に厳しいことはない、忙しくても困難な壁にぶつかることはない。社会で生きていくため、お金をもらうための仕事、自分の仕事の意義について考え出すと、いつもこの結論に行き当たるのが、たびたび彼の表情を暗くさせた。妻はよくその顔に気付き、どうしたのとは訊くが、彼は全てを言うことが、まだあるかすかな可能性も消す行為になるような気がして、適当なことを言ってごまかすのが常であった。
少年らは彼の妻の勤める中学校の生徒であることは間違いなかった。田舎のことで、この辺りにいる中学生はほぼ全てその中学校生徒であり、自転車の登録シールは紛れもない証拠を示していた。事が伝われば、妻にも迷惑が及ぶだろう。しかし、自然環境、またこれを諦めるのか、そんな葛藤の中で彼は目が虚ろであった。
「あんなところに捨てては駄目だよ。」
彼はうわずった声で言った。
少年らの誰も答えない、ただお互い目を見合わせてにやにやしている。中には不安げな子も混じっている。
「しゃあ、行くか」
ペットボトルを投げた子が言って立ち上がった。
彼の心臓がどくどくと鳴る。無視されたこと。自分の正当性の確信から小さな苛立ち、怒りが彼の心に灯った。それでも、一度は本気で自然環境について考えた彼である。一番の方法は理由の説明、納得してもらうことだと考えていた。
「環境問題って知ってるかな、今はそんなふうにゴミを捨てたりしてはいけないんだよ。ちゃんとリサイクルした方がいいんだよ。」
「どうやって帰る?あっちから行くか。」
無理にあてがったような文句を言って、無視していることを示している。
「ちょっと、話を聞きなさい。」
彼は強めの口調で言った。
「うるさいな、関係ねぇだろ。」
少年は逃げない、はすに構えて彼をにらんでいる。
彼は怒りと興奮が急に自分の中で膨らむのを感じた。
「君の家に連れて行きなさい。」
「何でだよ。」
少年は不安を感じながらも、仲間がいることもあり、口調は強い。
「君はまだ未熟だから、親の教育が必要なんだ、君が今のポイ捨てを悪いと判断できないことについて、親御さんにしっかり知ってもらいたい。」
彼は自分の口から出た文句が。何だか変人が言うような口調に聞こえることに不安を感じた。
「やだよ。」
「私は川北中学校の佐藤先生の夫だ、今逃げたって後で分かることだぞ。」
少年は表情を変えた。恵介は使いたくない切り札を使った。少年の世界にとっては学校の先生というだけでこんなにも影響力があるのだ。その表情を見て彼は、急に少年をかわいそうに思った。
「君たちはもう帰りなさい。」
この少年を仲間の見ている中で辱めているような気がして、配慮したつもりで彼は他の子を帰した。
他の子がいなくなると、急に少年が小さくなったようであった。家に連れて行くよう言うと素直に歩き始めた。
歩きながら彼は考えていた。今から俺はこの子の親に何を言うのだろう。いや言うことは決まっている、環境問題についてならどれだけでも説明ができる。問題はどんな気持ちで言うのかだ。さっきは、この子を注意することよりも、このことが自分の人生に対しての課題、挑戦のように思っていたんだろう。あそこで引き下がったら、就職活動のときのように自然環境を諦めることを意味するのではないのだろうか、また諦める、負ける、人生で自分を蔑む根拠がまた一つできることになる。そんな気持ちから、妻の名前まで出して進めたのである。しかし、今となっては、そんな自分の正義心のためだけにこの子をこんな惨めな思いにしてしまっていいのか疑問になってきた。少年にとっては、誰でも経験するちょっとした反抗心、格好を付けるという意味でしかなかった行為であろう。それを取り上げ、親元まで告げ口される。少年の環境問題への考えをこの方法で本当に改善できるのだろうか、その力と言葉が自分にあるのだろうか、そんなことを頭で巡って少年に付いていく。
家に着くと彼は玄関で、親を呼んできなさいと少年に言った、少年は靴を脱いで家の奥に入っていった。しばらくして母親と一緒に出てきた.一目で彼は感じた、ああ、まずったな。母親は小太りで髪は茶色でぼさぼさのパーマがかかって、目は不満げな色をたたえていた。
作品名:帰り道 作家名:佐藤定食