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『喧嘩百景』第10話榊征四郎VS碧嶋真琴

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 真琴はたっぷり十秒以上硬直したのち、征四郎の木刀の柄(つか)から刀を引き抜いた。くるりと刃を回して鞘に収める。そして、征四郎を一睨みすると無言のまま踵(きびす)を返した。振り返りもせずぴょーんと塀の上に跳び上がる。
 「真琴さんっ」
 征四郎は真琴を追いかねてぺたりとその場に膝を付いた。がっくりと肩を落として美希を振り返る。
 「すみません」
 征四郎は地面に手を付いて深々と頭を下げた。
 美希は「げっ」と言って両手を振り上げた。
 「せせせ征四郎くん、そそそゆことはやめようよ」
 手を上げさせようとしても征四郎はびくとも動かなかった。
 「すみませんっ、俺っ…」
 ただただ平謝りするばかりである。
 「征四郎くぅん」
 美希は困り果てて征四郎の脇に座り込んだ。
 そこへ。
 「貴様っ」
 地面すれすれに頭を下げる征四郎の鼻先に鈍く光る切っ先が突き付けられた。
「姉上を煩わせるな」
くるりと刃が上に向けられる。
 征四郎は慌てて面(おもて)を上げた。
 「真琴さんっ」
 立ち去ったはずの真琴がそこに立っていた。
 「貴様、名を名乗れ」
 押し殺した声で絞り出すようにそれだけ言う。
 「榊、征四郎ですっ」
 跳び上がらんばかりの勢いで征四郎は名前を叫んだ。
 真琴はまた舞うように刀を鞘に収めると踵(きびす)を返した。
 「榊征四郎か、覚えておく。この次も私(わたくし)の剣を止められるとは思うなよ」
そして、また、ぴょーんと塀に跳び上がって姿を消した。
 「次って…」
放心状態の征四郎の肩を、
「また会う約束か、よかったな」
と、不知火羅牙がぽんと叩いた。
 これ以降、榊征四郎はその想いに反して、碧嶋真琴の立ち会い相手として、彼女がもう少し大人になって姉離れするまで、三年以上の交際期間を持つことになる。