篠原 ランチデート
それなら、と、蔡さんに振り向いた。ポケットから小さな箱を取り出して、それを差し出してお辞儀した。
「一週間ごちそうさまでした、蔡さん。お返しというほどのものじゃないんだけど、お酒のアテにもなるお菓子だそうです。貰ってください。」
「え? 」
「僕は、そういうものに詳しくないので、母が用意してくれたんだけど、マロングラッセだそうです。」
「あ、いえ、ちびちゃん? 蔡おばちゃんに、お返しなんて。」
「愛の告白じゃありません。チョコじゃないから。」
「貰っておきなさいな、蔡。篠原君のお母様は義理堅い方なのよ。・・・お礼ならいいわよ? 」
「ですが・・・」
「いいのよ。私は、チョコを持ってるから、これから愛の告白をするから。」
雪乃は、ひらひらと小さな箱を振って見せている。
「雪乃、僕にするの? 」
「するわよ。せっかくのイベントデーだもの。ものすごくおいしいのを探してきたわ。デザートにいかが? 」
「ありがとう。うん、食べたい。」
「じゃあ、行きましょう。まずはランチボックスを三分の一は食べること。」
手を取られて、その場から大きな温室のほうへ歩き出された。さようなら、と、蔡さんに挨拶して前を向く。
「雪乃が、そういうことをするなんて思わなかったな。」
「やりますよ、私は。時間があるから、お昼寝でもする? 」
「そこまでは時間ないんじゃないかな。戻ったら、打ち合わせの続きがあるから。」
「サボりなさい。」
「ダメ。みんな、忙しいんだから。雪乃だって忙しいだろ? 」
「私の優先すべきは、あなたの昼寝。」
「くくくく・・・それ、おかしいから。」
たわいもない会話が流れてきて、見送りつつ、蔡も微笑む。だが、後が怖いとは考えた。なんせ、篠原から貰ってしまった。きっと、雪乃は文句を言うだろう。しょうがない。仕事が終わったら、一緒に食べましょう、と、誘わなければならない。マロングラッセなら、ブランデーがいいだろう。本庁に戻る前に、どこかで買っておこうと踵を返す。女王様と呑む、いい口実を作ってくれたちびちゃんには感謝だ。