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篠原 ランチデート

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「いいですか? ちびちゃん。これから一週間は蔡おばちゃんとちびちゃんは一緒にランチをします。他の誰が誘いに来ても行ってはいけません。」
 唐突にやってきた蔡さんが、そんなことを言い出した。周りのスタッフも怪訝な顔をしているが、適当にスルーしている。唐突なのは、いつものことだ。
「蔡さん、ここまで毎回、遠征してくるつもりですか? 」
「いいえ、蔡おばちゃんは、これから一週間、科局のほうで仕事があるの。だから、同じ建物内にいるわよ? 」
 蔡さんは、基本、防衛庁本庁の人間で、科学局に在籍していない。たまに、仕事の関係で、こちらに詰めることがあるとは聞いている。他にもプロジェクトへも出向したりする優秀な人だ。一度、同じチームで仕事をしたことがあって、なぜだか、僕を可愛がってくれる。おばちゃんというほどの年齢ではないのに、僕に何かを頼む時は、そう言うのだ。
「よろしいかしら? ちびちゃん。」
「別に構いませんよ。・・・・細野、僕の予定ってランチ会議とかないよね? 」
 これといって難しい頼み事ではないので、予定さえなければ付き合える。僕の予定を管理している細野に尋ねると、相手は携帯端末で、確認してくれる。
「十四日は、曹さんのところとランチ会議ですね。それ以外なら空いてます。」
「ということですが? 」
「曹のところ? わかったわ、それは外してもらうように曹に伝えておきます。他にはないのね? 」
 そして、この人は、とても偉い人なので科局の人間なら大概は無理を押し通せたりする。曹さんも、同じチームで仕事をしていた人だから、キャンセルさせるつもりらしい。
「一緒でもいいでしょ? 蔡さん。曹さんなら知り合いなんだし。」
「曹だけならね。・・・それは蔡おばちゃんが考えておくわ。じゃあ、今日から一週間、よろしくね? 」
 言うだけ言うと、蔡さんは踵を返す。忙しい人でもあるので、用件だけで引き上げてしまうのも、いつものことだ。
「あの、篠さん。どうすれば・・・」
 予定を管理している細野も困惑している。いきなり、キャンセルとはおっしゃるが、その前に会議があるのだ。簡単にはいかない。
「えーっと・・・とりあえず、仕事は、そのままでいいよ。たぶん。」
「連絡はしておくほうがいいんですよね? 」
「うーん、たぶん、あっちから連絡が入ると思うんだけど・・・来週だから、月曜日にでも連絡しておいて。」
 今日が金曜日だ。今日から一週間ということは、土日を挟んで木曜日まで、蔡さんは科局で仕事があるのだろう。まあ、僕なら気が張らなくて食事するにはいいのかもしれない。




 きっちりとランチの時間に蔡さんは現れた。さあ、行きましょう、と、おっしゃるので、細野も同席させたいと言ったら断られた。
「江河くんならかまわないけど、この子はいや。」
「でも、うちの食堂でしょ? 」
「まあ、ちびちゃん。蔡おばちゃんが、そんなところで、あなたとランチすると思っているの? 」
「え? 」
「ちびちゃんとランチデートするんだから、ちゃんと予約してあるの。江河くんは留守みたいだから、ふたりで行きましょう。」
「あの、蔡さん? 僕、そんなに時間は・・・」
「もちろん、食事だけ。本当はオヤツまで一緒がいいんだけどね。・・・・ちびちゃんを借りて行きます。」
 腕をとられて連行されるように連れ出された。局内で食事するのだろうと思っていたら、わざわざ外へ出て店に行く。オフィス街なので、いろんな店があるのだが、なんだか静かな店だった。
「こんなとこあるんですね。」
「おばちゃんたちくらいになると、賑やかなよりは、こういうほうが落着くのよ。さあ、ちびちゃん、好きなものだけ食べなさい。」
 すでに、料理が用意された個室に通された。懐石風であるらしい。好き嫌いの激しい僕のことは、蔡さんも知っているから、そう言ってくれる。後から温かい物が運ばれてくるが、途中で僕はギブアップするような量だった。蔡さんは、僕より食べる人だから、後は話し相手をしていればいい。
「相変わらずなのね? 」
「すいません。・・・コース料理だと半分がいいところなんです。今回は査察? それとも監査ですか? 」
「監査のほうよ。」
「僕の給料とか問題になってます? 」
「ええ、それは、まず一言、申し上げたわ。ボンクラな幹部にボーナスを出すなら、ちびちゃんの分は引き上げろって。だいたい、ちびちゃんは働きすぎです。」
「そうですか? 手伝いばっかりで、これといっては働いてませんよ? 」
 ただいま、僕の身分というのは、嘱託局員というもので、いわゆるところのアルバイトだ。だから、大きな仕事を手伝っているぐらいで、バイトで十分だと思っている。
「蔡おばちゃんの情報網を侮っている発言ね? 曹だけじゃないでしょ? 小川や梁の仕事も手伝っているのでは? 」
「確かに手伝ってますが。本当に手伝ってるだけですよ? りんさんは、あっちこっちのチームのアドバイザーもやってるんですが、僕は、みんなが働くなって叱るので、手伝いしかさせてもらっていません。」
「当たり前です。まだ、リハビリが終わったばかりの子供に、本格的な仕事なんてさせたら、それこそ、蔡おばちゃんが出張ります。」
 ちょっとした怪我をしたので、それ以降、知り合いが本格的な仕事は依頼して来なくなった。もう大丈夫なんだ、と、説明しても、「働くな。」の一点張りで、残業すら認めてもらえないなんてことになっている。
「本当に手伝いだけですよ? 僕としては、もうちょっと本格的に手伝いたいって思っているんです。」
「まだダメです。・・・それに、十分に、あなたの報酬分にペイする働きはしているので、これ以上はダメ。江河くんもだけど、あなたたち、自分たちが、どれほど実績を上げているか考えなさい。申請書や設計の問題点のチェックなんて、シンクタンクがチームで動くような仕事なのよ? 」
「あれ? バレてるんですか? それ。」
「バレるわよ。シンクタンクへの依頼が減りすぎだわ。それも、依頼していないのは、あなたたちの知り合いの課やチームばかりだもの。・・・・ちびちゃん、プロはね、帳票から、それらを読み取るのが仕事です。」
 りんさんと僕が手伝っているのは、そういうものが多い。どうしても、設計上、うまく纏まらないものを纏めたり、申請書に添付する実験結果を整理したりするものだ。普通は、専門の部門がやる仕事なのだが、時間がかかるので、僕ら二人で片付けている。こういう仕事なら、表には出ないからいいだろうと考えたからだ。だが、監査の専門家である蔡さんにかかると、それらもバレてしまうらしい。
「そこは見なかったことにしてください。」
「してあげてもよくてよ? ちびちゃんからのお願いなら。」
「お願いします。」
 軽く頭を下げてお願いしたら、蔡さんは笑って、「了解。」と、返事してくれた。


 土日は、雪乃も休みで、ふたりして、のんびりと家で過ごす。蔡さんのことを話したら、相手は苦笑している。
「あなたに栄養をたっぷりと摂らせて、おいしくしておきますって連絡があったわよ? 」
 元々、蔡さんは雪乃の知り合いだから、ちゃんと連絡が入っていたらしい。
「おいしく? うーん、おいしくなるかなあ。」
作品名:篠原 ランチデート 作家名:篠義