グランボルカ戦記 2 御前試合
「どうしてそれを皇子がご存知なのですか?」
「エドが話してくれたんだ。君とユリウス王子は本当に姉弟みたいだってね。彼女が僕をアレクと呼ぶのも非公式な場だけだし特に問題はないかなと思っているんだけど。キャシーだってユリウス王子を呼び捨てで呼ぶだろう?」
「まあ、確かに・・・。」
「少し厳しいけど、あまりアリスのことを嫌わないであげてほしいな。アリスもクロエも、リュリュと同じように僕にとっては家族同然だからさ。」
キャシーの言葉が、アリスを疎んでいるように聞こえたのだろうか。アレクシスは少し困ったような顔をして、笑った。
「あ・・・いえ。嫌うとかそういうことではないんです。ただ、ちょっと気になっただけで。アリスが凄い人だって言うのは一緒に戦った私が誰よりも解っているので。嫌うとか、疎むとかそう言うのは、ないです。」
「そうか。それならよかった。じゃあ、早速買い物に行こうか。こんな時間にここにいるって言うことは、それがないと今日の授業ができないんだろう?だったら早く買って帰らないと。」
「あ・・・あー・・・そう。ね。アレがないと授業にならないものね、リュリュ。」
「そ、そうですのじゃ。アレを早く買わないと。」
「それでそのアレって言うのは何なんだい?」
「あ・・・アレはアレです。ねえ。」
「そうですじゃ。兄様ともあろう方がアレをご存じないとは。やはり医術を学ばない方には馴染みが薄いのかもしれません。さ、ゆきますぞ兄様、お師匠。ハッハッハ。」
そう言ってリュリュがごまかし笑いをしながら先頭を切って歩き出した。
「もう・・・何もせぬ。何もできぬぞ・・・。」
部屋に帰ってくるなりベッドに倒れ伏してブツブツと言っているリュリュを見て、ベッドメイクをしていたソフィアが笑った。
「キャシーに聞いたけど、なんだか今日は大変だったみたいだね。」
「大変も大変じゃないも無いわ・・・お師匠様と授業をサボって街に出てみれば兄様に捕まるわ、挙句兄様が授業の様子を見たいなどと言い出すから、お師匠様が緊張してしまって普段は和気あいあいとしている授業が急に息苦しくなるわ、リュリュの不在中にできた妙な法律を帳消しにする仕事が入ってくるわで本当に大変じゃったのじゃぞ。」
「あはは、お疲れ様。じゃあ肩でもお揉みいたしましょうか、お姫様。」
「うむ、頼もうかのう。」
リュリュはそう言って起き上がると、ソフィアに背中を向けてベッドに座った。
「あ、横になってもらったほうがいいかな。その方が全身ほぐせるしね。」
そう言ってソフィアは軽々とリュリュを持ち上げると、うつぶせに寝かせて背中をマッサージし始めた。
「うー・・・ぃ」
「え?」
おそらくマッサージが気持ちよかったのだろうが、リュリュの口から漏れ出した低い声唸り声に驚いてソフィアが思わず手を止めた。
「今の、リュリュちゃんの声?」
「うむ。そうじゃがそれがどうかしたか?」
「う、ううん。ちょっとイメージが違ったから驚いちゃって。でも本当にこってるねぇ。」
リュリュの身体を揉みほぐしながら、ソフィアがしみじみとつぶやいた。
実際、そんなに筋肉も脂肪もついていないリュリュの身体には骨ばっているのとは違う硬さがあった。
「こんなに小さな身体で私達のために大変な思いをして頑張ってくれているんだよね」
「ふん・・・頑張っておるのはリュリュだけではないわ。兄様だって、エドだってお師匠だってソフィアだって頑張っておるであろう。大変な思いをしておる者だってたくさんおる。アンジェとて、父親のしたことで立場を悪くしておるし、それを支えておるデールとて、大変な思いをしておる。・・・それに、ユリウス。あやつも今まで沢山つらい思いをしてきたのじゃろうし、そう思えばリュリュだけが頑張っておる、大変じゃと言ってはおれん。」
「リュリュちゃんは本当に大人だよね。本当は気を使わずに、そういう本音を吐き出せる相手がいると良いんだろうけど。アンジェちゃんに対するデールさんみたいな。」
「何を言っておる。リュリュには沢山おるぞ。ジゼル姉様に、兄様。それにアンジェやソフィア達だっておるはないか。」
「ほら、また気を使った。」
「・・・。」
「わたしさ、こんなんでもリュリュちゃんより長く生きているからね。そのくらいはわかるんだよ。」
「そうは言うが、リュリュの本音など聞いたら、皆、兄様のように甘やかそうとするのが目に見えているではないか。リュリュはそんなことを望んでいるわけではないのじゃ。」
「んー・・・じゃあ、ユリウスくんに聞いてもらうとか。彼なら良くも悪くもリュリュちゃんの事を対等に扱ってくれると思うよ。」
「ゆ・・ユリウスか。しかし奴はリュリュのことなど嫌っておるじゃろう。というか、第一印象から最悪じゃったし、リュリュの方から御免こうむりたい。」
ユリウスの顔が頭に浮かんだリュリュは頭をふってその顔を頭の中から消した。
「そうかなあ、案外合っていると思うんだけどなあ。」
「・・・それは、ソフィアがユリウスのことをよく知っているからそういうことを言うのか?」
考えてみれば、ソフィアは最初にユリウスと関係を疑われた人間なのだ。もしあの関係がこの間だけでなく、長く続いていたとしたら、彼女の言っていることは的を射ているのかもしれない。
「え?ユリウスくんのこと?そんなに知らないよ。仕事の接点もないし、挨拶くらいはするけど、あとはエドと一緒にいる時に会えば話をするくらいかな。」
「そんなことを言って・・・一昨日は公園でプレイとやらに興じておったではないか。」
「・・・・プレイ?」
怪訝そうな声を上げるソフィアに対して、リュリュはフンと一つ鼻を鳴らした。
「とぼけるでない。お主がしておった四つん這いになってグルグルとユリウスの周りを回って、奴を喜ばせる遊びの話じゃ。」
「・・・・・・なにそれ。」
きょとんとした顔で、本当に何を言われているのかわからないと言った風にソフィアが首をかしげた。
「ああ!そういうことか。」
しばらく考えた後、ソフィアが一昨日の事を思い出して1つ手を叩いた。
「ふん、やっと思い出したか。」
「違うんだよリュリュちゃん。あれは、ユリウス君がメガネを落としちゃって困っていたから、私が探してあげてたんだよ。」
「・・・へ?」
「なんだ、そっかあ。そういう誤解をしてたからリュリュちゃん機嫌が悪かったのか。そっかそっか。何だあ、うふふふ。そっかあ。」
「なんじゃ、気持ちの悪い笑い声を上げたりして。何がそっかなのじゃ?」
「ふふふ、みなまで言わなくてもいいんだよリュリュちゃん。お姉さんは全てわかっているからね。うんうん。これでユリウスくんも報われるってものだよね。」
「なんじゃ、ユリウスがどうかしたのか?」
「え?ううん、どうもしないよ。」
リュリュの質問に、ソフィアはあからさまに焦った様子で視線を逸らして顔に汗を浮かべていた。
「怪しい。というか、露骨に顔に出すぎておるぞ。何を隠しておる。」
「や、やだなあ。何も隠してないってば。」
「・・・まあよい。マッサージのお陰で大分身体もほぐれたし、今日はもう行っても良いぞ。ユリウスのことはマッサージに免じて聞かないでおいてやろう。」
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一