正宗イン・ワンダーランド
あっちの暁斗は今何をしているのだろう? 俺のいない世界で悲しんでいるのか、それとも、俺がこっちに来た先の時間は存在しないのか。
ううん。
そんなのアリエナイ!
あの暁斗がいなくなるなんて!
俺がこっちにきた時空座標に戻ればいいだけ。それまでは時間が凍結されているはずだ。
けど、じゃあ、こっちの暁斗はどうなる? 俺に会わなかった時間は存在しなくなるのか? この空間と共に消滅してしまうのか?
それこそアリエナイ!
だいたい、時間は過ぎている。俺の体感時間としてサラサラと。砂時計は動いているんだ。そこにはちゃんと暁斗がいて、お互いの時間を共有しているじゃないか。ただ、ちょっと過去の記憶と、周りの空間が違っているだけだ。
帰るんじゃなくて。
統合したらどうなんだろう。ふたりの記憶、空間を混ぜてしまうんだ。
「暁斗、ちょっと待ってて」
俺は暁斗の唇にきゅうってキスをした。
軽くするつもりだったのに、暁斗は強く吸い付いてきて俺を放さなかった。ああ、あきと、あきと、あきと…………
愛しくて愛しくて、何度もキスをした。
甘い匂いもそのままだった。
ハートのエネルギセンターが大きく開いて、お互いのエネルギーの交換がなされていた。
「まさむね。あなたの事がこんなに好きだったんだ」
まるで思い出したかのように暁斗は俺にしがみついた。
「そうだよ。俺と暁斗は永遠の愛を誓った運命の恋人だからね」
「うん、そうだね。運命の恋人…………もう離れないよ」
「うん」
そのまま抱き合ってベッドに倒れこんだ。キラキラした胸のエネルギー、エメラルド色のエネルギーが密に交換している。気持ちいい……その快感に浸りながら俺たちは眠ってしまった。
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ごおぉ
激しい風がベランダの屋根を、激しく揺らす。遠く、どこかでバタン! て何かが飛んでいく音がした。
ああ、今日は風が強い。
けど、俺はこういう日が好きだ。
ベッドの中で暁斗とぬくぬくと抱き合えるから。
手を伸ばすと甘い暁斗の匂いがして彼の肩に触れた。そのまま彼を抱くと体を密着させた。ああ、愛しい少年は俺の腕の中で眠っている。なんて幸せなんだ。
そして不意に気づいた。
今まで違う世界にいたこと。
徐々に徐々に、記憶が蘇ってきた……
目を開けてじっと暁斗を見た。黒髪の美少年は、スースーと寝息をたてて寝ている。
はあ、よかった。俺の腕の中に暁斗はちゃんといる。
今度はベッドサイトの灯りをつけて部屋を見わたした。うん、パラレルワールドに行く前の俺の部屋だ。暁斗と俺のために母さんが改装してくれた新居。よかった……戻って来られたんだ。
けど。
あの暁斗はどうなったんだろう。
「まさむねぇ……」
暁斗が手を伸ばして俺を求めた。どうやら少し目が覚めたようだ。灯りのせいかな。
暁斗の求めに応じるため俺は彼に向き直って彼の腕に抱かれた。
「ああ、まさむね」
半分眠りながらも、抱きしめる手に力がこもっていた。何度も俺の名前を呼びながら頬や首に、自分の頭をつける。
「あきと……愛している」
「うん。もうどこにも行かないでね」
数秒。
間があいた。
ゆっくりと目を開けた暁斗。じっと見つめあった。
「大丈夫だよ。オレもちゃんといただろ? 」
「おぼえてるの? 」
「……なんとなく……夢……みたいな感じだけど。オレは正宗と混じっているからね。正宗が見た世界はオレの世界でもあるんだ。あっちの暁斗ともリンクしていたし……結局、オレは正宗ともあっちの暁斗とも同時にいたんだ」
「……そうなの? 」
「そうだよ。混じってるんだ」
暁斗はそう言って俺をぎゅって抱きしめた。
そうか。
ふたつの世界、ふたりの記憶を、統合しよう、混ぜよう、って思ったのは、ある意味達成できたんだ。
けど、よかったのかな。あっちの暁斗、これでOKなのかな。
「暁斗は幸せだったらいいんだよ」
「だって、こっち来たら鏡子伯母さんいないよ。それでもいいのかな」
「……暁斗の幸せは、正宗といることなんだよ。それはどの暁斗も同じなんだ。……で、どの暁斗が一番正宗を愛しているか、って言えば、エネルギーを一番かけたこの世界、ってことになるんじゃないかな? 過した時間、密度、思い……トータルに強い。だから、この世界に吸収されてしまうんだ」
「ほんと? 」
「さあ……けど、いつもオレは正宗のそばにいる。どんな世界にいても」
微笑んだ暁斗は綺麗で、マリアさまみたいに慈愛に満ちて、ひまわりのように暖かかった。
大好きだ。
その微笑が。
暁斗のすべてが。
俺は目を閉じた。
綺麗な暁斗にキスしてもらうために。
彼の密なエネルギーが近づき、きゅって唇を吸われた。そのままお互いに、ちゅ、ちゅって吸いあった。キスって相手の愛を吸いあう行為なのか。心がとても気持ちいい。
ゆっくりと目をあけて見つめあった。
美しい……
きっと俺も同じような顔をしている。今の俺は美しいと思う。
暁斗は美しいままでにっこりと笑った。
「まさむね、オレ、セックスしたくなっちゃった」
こんな美の中で、そんな気になれる暁斗に俺はびっくりした。と同時に、下半身があっという間に反応したのに笑いそうになった。
どうやら、暁斗の申し出は俺の希望でもあるようだ。
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「パラレルワールドから帰るヒントは、『橋をつくる』だったみたい」
あっちの世界で気になっていた、俺の部屋にあった不思議本を開いて、気になる箇所をチェックしていた。
そこには、パラレルワールドに入り込んだ人のエピソードが載っていた。そして、その対処法も。
簡単にいえば二点を意識して、つなげる、てことだけ。
二点というのは、元いた世界、と、迷いこんだ世界。
つなげる、ていうのは『橋』をかけると意識すること。
それを意識していたら、その『橋』にエネルギーが投下されて、その橋をつたって帰ることが出来る……らしい。
ま、本当かどうか分からないけど。
俺の場合は、こっちの暁斗とあっちの暁斗が二点になって、橋がかかったようだ。彼に対する思いはハンパないからエネルギーは勝手に注がれていたんだろう。
もし、あなたがパラレルワールドに入りこんだら、この方法を試してみるのも、ひとつの手かもしれない。おためしあれ。 (完結)
作品名:正宗イン・ワンダーランド 作家名:尾崎チホ