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正宗イン・ワンダーランド

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 こっちの暁斗も俺のこと愛している
 もうつながってしまったから

「それは違うと思う」
 茫然としながらも首を振った。

「こっちの高原正宗は、ちゃんといる。だから、会えなくなることはない。きっと、この後も、暁斗が理解出来る形の未来は続いていくはず」

 恐らく、彼の理解できる未来として、このまま俺がずっとこっちに居続けるという未来が。

「でも、それは今、目の前にいる正宗の希望ではないよね」
「…………………………分からない」

 俺は膝をかかえて暁斗と同じように顔を半分うずめた。

「でも、俺は暁斗に会いたいんだ……分かっているよ、ヘンなこと言ってるの。君が目の前にいるのに暁斗に会いたいなんて」

 また涙が溢れそうになって、必死でこらえた。
 そう。
 俺と同じ時間を過してきた暁斗。
 同じ過去を持って、泣いて笑って過した時間。交わした会話。勉強したこと。ふたりでした不思議な体験。エネルギー交換。お互いに助け合った宝物のような体験。そしてセックス。

 あれは。
 たったひとりの暁斗。
 俺の中の記憶にいる、たったひとりだけの恋人。

 けど、暁斗だって、それらの体験を一緒にした正宗がいるはず。
 ふたりの記憶が交差する空間。
 それが、俺がいた世界だ。

「正宗はあっちの世界の暁斗が好きなんだね」
 息を飲んだ。
「ちょっと妬ける」
 そう言う暁斗はかわいらしくて、どう見てもいつもの暁斗だった。
 い、いいのかな? 俺が暁斗、好きなの。それに妬けるって……

「ごめん……」
「いいよ」
 暁斗が、大きなため息をついた。
「初めて恋した、と思った瞬間に失恋って、どうよ」
 そ、そうなの?

「それも、負けた相手ってのが、別次元にいる自分って……こんなヘンな体験する人なんていないよ」
「ごめん……」

 もうあやまるしかない。
 ここに俺が現れなければ、この世界の暁斗はこんなヘンな世界に引きずりこまれることは無かったから。

「けど、暁斗はどうして俺の話、信じられるの? いきなりやってきて、イトコだ、とか、パラレルワールドだ、とか……アヤシすぎるでしょ? ほとんど初対面なのに」

「うーーーーーん…………だって……正宗、泣いていたから。あんなに強い、高原正宗が、一回しか会ったことないオレに、そんなことするなんて、よっぽどでしょ? 気になったんだ。それに…………正宗がオレに嘘ついて何のメリットがあるの? 精神病の人だったら、もっと支離滅裂の話になると思うけど、正宗の場合、ずっと見ていて、おかしなトコなんてなかったし。だいたい精神病の人に(剣道で)優勝なんて無理。そんな甘い世界じゃない。

オレね、量子論のSFを読んだことあるんだ。そこじゃパラレルワールドとか量子の収縮は普通に起こっていたよ。量子の動きは、まだまだ謎に包まれているから、何が起こっても不思議はない、って思っている」

 うへー さすが暁斗。この世界でも不思議好きは相変わらずだ。

「うん。それは俺も気づいていた。恐らく……自分の意識エネルギーを沢山かけた世界につながるんだと思う。普段、いる世界って、その世界にチューニングされているから存在している、ってのもあるけど、そこでエネルギーが安定しているんだ。
 けど、俺の場合何か拍子でチューニングがブレて元の世界から、こっちにチューニングが合ってしまった。エネルギーがこっちで安定してしまった」

「じゃ、意識エネルギーを動かせば、チューニング変更出来るってこと? 」
「うーん、そんな感じかなあ。でも、どうやったらいいんだろう」
 何かがひっかかった。
 確か……家にある不思議本にそんな話が書いてあった気がする。

「暁斗、俺の家に来て」
「正宗の? 神社の? 」
「うん。そしたら俺が嘘つきじゃない、って証明も出来るから」
「嘘つきなんて思ってないよ。でも、母さんのことが分かるなら……知りたいかも」

 ふたりでうなずくと、俺たちは立ち上がった。

****************************************

 俺は父さんのアルバムと、家にあった鏡子伯母さんのアルバムを母に出してもらった。訝しげな顔をしていたけど、鏡子伯母さんのこと知りたいから、って言ったら、もうそれ以上は追求しなかった。

 陰陽師の仕事をしている俺が、ヘンテコリンなのはいつもの事だと分かっていたから。


 俺の部屋に入った暁斗。
 陰陽師の資料や、不思議本がごちゃごちゃと置かれている本棚を、興味深そうに眺めていた。やっぱ、性格は同じなんだ。

「これ、鏡子伯母さんのアルバム。高校から大学くらいのだけど」
 渡したアルバムを暁斗はちょっと戸惑ったように受け取った。部屋が狭いんでベッドにかけてもらう。ゆっくりとページを開けた。

「ふふ。母さん、女子高生してたんだ。これってテレビで見る、八十年代アイドルみたいな髪型」
「だって八十年代アイドル世代だろ、鏡子伯母さん? かわいいじゃん。暁斗に似ているよ」
「えー、オレこんななの? 」
 写真の中で微笑む少女と相似する目で、暁斗は照れた。
 なんか……もうすっかりいつも暁斗としゃべっている気分だ。丁寧語も無くなって、うちとけている。

 一応、お客さんだから、お茶くらい出さないとな。あっちでさんざん食べてきたから。
 えーと。暁斗はハーブティーが好きだったな。けど、今のうちにそんなのあるのかな。

 人の出入りが激しい家なので客用のお茶葉はあるけどハーブティーは無い。あ、紅茶のアップルティーがある。これ、暁斗、時々飲んでいたよな。これでいいか。

 もらい物の焼き菓子と、アップルフレーバーの紅茶を入れて部屋に戻った。

「正宗が嘘つきじゃないのは、よく分かった」
 紅茶に口をつけながら、暁斗は笑った。

「けど、母さんに何て言ったらいいんだろう。今日、母さんの実家に行ってきてアルバム見たよ……か……お祖父さんとお祖母さんは亡くなったみたいだよ、一度、お兄さんに連絡取ってみたら……か……」

 どう返事していいか分からなかった。暁斗は紅茶カップをデスクに戻した。

「それとも……イトコに会ったよ……か……」

 少し胸が痛い。
 失恋した、という暁斗の悲しい気持ちが伝わってきたから。

「オレぜんぜん分かってなかったよ。失恋ってこんな胸が苦しいんだ」
 そう言うと暁斗はみるみる顔をゆがめポロポロと涙を流した。ぎゅって目をつぶって、下を向く。
 俺の中で一番、可愛いと思っている暁斗のしぐさだった。

 ああ、もうだめだ……
 たまらなくなって暁斗を強く抱きしめた。

 愛しくて悲しくて
 ふたりで抱き合ったまま泣いた。

「暁斗は失恋なんてしていないよ…………だって、どんな暁斗だって俺は大好きだから。俺たちは離れない。きっと住む世界が違っても一緒に生きていくんだ」

 支離滅裂。意味不明。
 でも、俺の思いはそうだった。

 いったいこの悲劇をどうしたらいいのか。
 ふたりで鼻をすする音だけが時間を埋めていった。

 俺はメガネを外した。涙で濡れてしまったから。