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キラーマシンガール 後編

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 僕が病院に寝泊りを始めてから一週間が経った。毎晩襲ってきていた痛みも気にならなくなり始め、手術で移植した部分も思い通りに動かすことができるようになっていた。相変わらず僕は自由に行動することができなくて、操さんからこれから先の処遇についての説明はされていなかった。そのことに少し苛立ちを感じていたが、結局僕にできることは操の命令に従う以外になく、毎日日向や白雪と適当な会話をして起伏のない日々を送っていた。
 そんなある日の晩、僕は不審な物音で目が覚めた。
 「誰だ?……んぐっ!!」
 その音の正体を探ろうと体を起こすと、次の瞬間両肩に強い力がかかり押さえつけられ僕はベッドに磔にされてしまった。
 「動くな。私の話を黙って聞け」
 冷たく鋭い何かが首筋に食い込むのを感じた。少し遅れて僕の脳が現在の状況を理解した。侵入者だ。
 「抵抗しなければ命は保障する。私の指示通りにしろ。いいな」
 僕は何度も頷いた。
 「おい、急ぐぞ」
 ドアの付近から別の男の声。どうやら侵入者は二人いるようだ。
 「ああ。よし、立て」
 引っ張られるままに黙って従って立ち上がった。暗闇の中、目を凝らして状況を確認する。男が僕の首に腕を回した。その手には刃渡り二十センチほどの禍々しい形をしたナイフが握られていた。
 「こっちだ。歩け」
 その状態のまま窓の方へと歩いていく。
 「待ちなさいっ!」
 扉の方から声が聞こえた。身動きが取れず姿を確認することはできなかったが、誰のものなのか僕は即座に理解した。日向の声だ。
 「動いたら撃つわよ」
 僕にナイフを押し当てている男が立ち止まり僕と共に振り向く。
 「彼を放して」
 日向は僕を捕らえた男の額に向けてまっすぐと銃を構えていた。そのまま部屋の中央までゆっくりと進んでいく。
 その時、僕はあることに気づいた。日向が僕を拘束している男に気を取られて、入り口付近で身を潜めているもう一人の男に気付いていなかったのだ。首に突きつけられたナイフが肌に食い込む。強い恐怖を僕を襲っていた。声を上げるどころか、呼吸をすることすらままならない。
 日向の後ろから男が音を殺して近づいていく。
 自分の命の危険。自分を守ろうとしている人の命の危険。このままだと日向が死ぬ。何かしなければいけない。何かしたら僕の命が。体が動かない。声がでない。
 男が右腕を水平に鋭く薙いだ。
 生暖かい液体が頬にかかるのを感じた。次の瞬間、日向が膝から崩れ落ちた。
 首から大量の血液を噴き出しながら。
 「向井さん!!」
 「声を出すな」
 日向を殺した男が黒い布を取り出し、僕の顔に巻きつけた。視界が暗闇に覆われる。
 「連れて行くぞ」
 「待て、廊下からもう一人来るぞ」
 二人は息を潜めた。首もとのナイフに力が込められるのを感じる。
 「足音も殺さないとは」
 僕を捕らえている男が呟いた。
 「ドアを閉めてやり過ごそう。もし病室に入ってくるようなら殺せ」
 「了解」
 二人の男が喋るのをやめると、ピリピリとした沈黙が部屋を支配した。次は一体誰が犠牲になるんだ。音以外で状況を認識することの出来ない僕は、ただただ怯えながら男達と同じように黙りこくっていた。そしてそんな自分が情けなくて仕方がなかった。
 ドアが開く音が静けさを破る。空気が動くのを感じた。
 「う」
 二人の男のどちらかのものだろうか、声が聞こえた。次の瞬間、束縛していた力が消え失せる。 
 「唯史さん?大丈夫ですか」
 白雪の声だ。僕の両手を彼女の手の感触が包む。
 「危ないところでした。間に合ってよかったです」
 視界を覆っていた物が外される。「電気、付けますね」白雪の声と共に部屋に明るさが戻る。
 目の前には壮絶な光景が広がっていた。
 壁も、天井も、視界に入るものすべてが赤黒い血の色に塗れている。
 床には三つの死体が転がっていた。日向と二人の男のものだ。男達の死体はバラバラに引き裂かれていて、人の形をとどめていなかった。
 「唯史さん?」
 白雪が心配そうな面持ちで声をかけてくる。もちろん彼女も血で汚れていた。白い肌も黒い髪も、いつものセーラー服も。まるで大量の赤ペンキを正面から思い切り浴びせかけたようになっていた。
 僕は思わず一歩後ずさった。白雪は僕に手を伸ばしかけ、それを止めた。
 「これ、白雪がやったの?」
 「……はい」
 彼女は俯いて日向と侵入者達の様々な液体で汚れた自分の体を見下ろしていた。
 「そうか……」
 「もうすぐ、操さんが来るはずです。必要なことは全部説明してくれると思います。……それじゃ、私はこれで」
 それだけ言うと、白雪はくるりと背を向け部屋から去っていった。
 「……危ないところだったわね」
 血まみれのベッドに腰掛けて三人の死体をしばらく見つめていると、病室の入り口の方向から声がした。操だった。言葉を交わすのは一週間ぶり、最初に病室で目を覚ました時以来だ。
 「これは……手遅れね」
 操は日向の死体のそばにしゃがみ、言った。
 「全く、分不相応なことをするから」
 「……分不相応?」
 「彼女は戦闘に関する一通りのスキルを備えていたけど、ここまで侵入してくる程の者に敵わないのは明らかだった。彼女はそれをわかっていなかったみたい。バカな子だわ」
 操は日向の死体を見つめていた。
 「それとも、それを承知の上で飛び出して行ったのかしら」
 しかし僕にとってそれは些細な問題だった。日向が自分を守るために命を奪われた。それだけが頭の中にあった。僕はあの自分に向けられたナイフに怯えて声を出せなかったことを、ひたすら後悔していた。
 「どちらにせよ、もう考えても仕方の無い話ね」
 操は立ち上がり、言った。
 「部屋を移動しましょうか。色々説明しなきゃならないこともあるしね」
 僕達は病室を出て廊下を進み、一番奥の突き当たりの部屋に入った。部屋の中央にはベッドが置かれ、その脇には丸椅子が二つ並んでいる。僕の部屋と同じ間取りだ。
 二人並んでベッドの上に腰掛ける。操は早速話を始めた。
 「まず、あなたが狙われた理由だけど。彼らの目的はあなたのその腕と足なの」
 「……機械義肢ですか」
 「そう。以前も言ったように、私達の作っている機械義肢は世間で一般的に利用されているものよりずっと質の高い、とても珍しいものなのよ。このレベルで機械義手の移植に成功している例は日本では数えるほどしかいないわ。それだけにこの建物の周囲と中のセキュリティは万全にしてあるはずだったんだけど……今回は私達のミス。本当にごめんなさい」
 「もう嫌ですこんな生活……僕を家に帰してください」
 「それはできないって言ったでしょう。私達の保護下から離れたらあなたの命は一晩も持たないわきっと。命が惜しいなら私の言う通りにしなさい」
 「……最初に僕を治療した時からこうやって僕を閉じ込めるつもりだったんですか」
 「人聞きの悪いこと言わないでよ。あなたの体を最優先に考えてこの方法を取ったんだから」